薄型テレビの大画面の向こう側、絶賛攻略中のゲームにも飽きてきて。たった今ナマエが整えたばかりのシーツの上へ、ごろんと寝転がった。さらさらの綿生地からふわりと香るあたたかな日の匂いは、どこか目の前で忙しそうに動き回る彼女を彷彿とさせる。
「なあ、王子ヒマなんだけど」
黒地の裾の広がったワンピースの上、清潔な白いエプロンを纏った女がくるりと振り返る。オレが脱ぎ散らかした洋服をカゴの中へ放り込んでいた手を止めて、不思議そうにぱちぱちと何度か瞬きを繰り返すナマエ。なんつーか、平和ボケした顔してんね。
「……えっと、ベルフェゴール様?」
「なんかないの」
「何か、と申しますと……」
それ以上は何も言わずじっと視線を合わしたままのオレの様子に、きょとんしたナマエの表情が次第に崩れ、おろおろと忙しなく目線を泳がせ始めた。なにこいつ、超おもしれーんだけど。
「え、と……あの、じゃあティーセットでもお持ちしましょうか?」
「オカマじゃねーんだから、茶なんて飲まねーよ」
暇があれば中庭で紅茶を飲んでいる趣味の悪い同僚を思い出して、少しだけ気分が悪くなる。だから自然と口角が下がっていたんだろう。余計にナマエは慌てだして、目線だけじゃなく今度は身体ごと右往左往させた。まじでウケる。
「つか、おまえおもしろいね」
「……え?」
「こっち来てみ」
「え、あ……あの?」
「いーから、早くしろよ。サボテンになりてーの?」
そう言ってナイフをチラつかせれば、慌てて駆け寄ってきたナマエ。従順な小動物はかわいいね、イジメがいがあるっつーか。しばらくはこいつで遊べそうじゃん?しししっ。
「おりこうさん。よく出来ました、ししっ」
ベッドのすぐそばで立ち尽くすナマエの細い手首を掴んで引き寄せれば、大袈裟に肩を揺らして固まるもんだから、ますます楽しくなってきた。グイとさらに力を込めれば、戸惑ったように身を引こうとするナマエ。
「あのっ、えと……」
「なに? ヒマだから王子が遊んでやるよ」
でもこいつの踏ん張る力なんて、オレの力に比べれば赤子の抵抗と一緒なんだよね。それに、抗われるほど燃えるっつーか?だってすんなり落ちちゃってもつまんないじゃん。ゲームは難易度高いほうがおもしろいでしょ?
「……やッ、だ!」
そう思って、そのまま抵抗するナマエの身体をベッドの上へ引きずり上げ、組み敷いたものの。ずるずる涙と鼻水を垂らしながら、えぐえぐと肩を震わせて泣き出したナマエには、さすがの王子もちょっと萎えた。
「べ、ベルフェッゴ、る……っさま、は」
「……はあ……なに?」
ずるずるの汚い顔でナマエがなんか喋りだしたから、すっかりその気を失くした王子はとりあえず言葉の先を促してやることにした。てか普通のヤツなら、サボテン決定だからね。王子の優しさに感謝しろよ?
つーか、なんでオレは、ナマエのことはサボテンにしねーんだよ。……意味わかんね。
「っひぐ、うっ……好きでも、ない相手に…こ、なこと…」
「……」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながらも、真っ赤に充血した目で真っ直ぐオレを見上げてくるナマエ。別に好きとか嫌いとか、気持ちなんてなくてもヤれる――そう言ってやろうと思ったのに、への字に固まったままの役立たずの口は動いてくれそうにない。
こんなの、まるで恋みたいだとりあえずどうするかは、涙に濡れた瞼へ口づけを落としてから考えるとしよう。
2012.7.8