ハートの海賊団の船は、黄色い潜水艦。暗い夜の海をゆっくりと進む船体は、月の光に照らされてぼんやりとその輪郭を浮かび上がらせる。
「キャプテン」
真ん丸い月の下、甲板にはキャプテンと呼ばれた男が一人。胡座をかいた状態で、ゆっくりと利き手に持ったグラスを傾ける彼の頭に、いつもの帽子はない。
少し癖のある濃藍色の髪の毛は、少しだけ水気を帯びていて。きっとシャワーを浴びたまま、ろくに乾かさずにいたのだろう。
潮の匂いに混じってかすかにシャボンの香りがする。死の外科医と呼ばれる男から漂うにしては、思いの外爽やかで清潔感のある香りだった。
ああ、いいな――素直にそう思った。
いつもは鋭い眼光が、和らいだ眼差しで頭上の月を見上げているせいか。それとも、珍しく力の抜けた肩から緩やかにカーブを描く、猫背の背中のせいか。
具体的にどこがどういう風に、という説明は難しいけれど。それでも今、この場に居るキャプテンが纏う空気はどことなく柔らかくて、リラックスしているように思えたのだ。
「きれいですね、月」
「ああ」
「明日も晴れだって、ベポが言ってました」
「そうか。アイツは鼻が利くからな」
何てことはない言葉にも、律儀に返ってくる相槌が嬉しくて。あともう少しだけこの和らいだ空気の中で、同じ時間を過ごしたい――そんな遠回しな期待を込めて、そっと隣へ腰を下ろした。
胡坐をかいた膝頭から、拳三個分の距離。手を伸ばせば届きそうなその距離感で、ちらりと視線を送った横顔は、変わらず穏やかなままだった。
ただそれだけのことなのに、それだけのことがわたしの胸をいっぱいにして窮屈にさせる。
潮の匂いもシャボンの香りも、二人を等しく照らすあの丸い月の輝きでさえ、霞んでしまうほどにこの胸は満たされてしまった。
きれいですね、なんて言いながらもわたしの心が真っ直ぐに見つめるのは、隣に座るただ一人だけで。
ああ、本当ならばキャプテンと同じものを見つめて、同じことを感じたいのに。そうはさせてくれないわたしのハートは、いつからこんなにも捕らわれてしまっていたのだろう。
心臓はあなたに従順title / 寡黙
2013.9.15