全力疾走した後のように、強く、早く打ち付ける鼓動。汗ばんだ肌に張りつく髪の毛やシーツの感触を、達したばかりで敏感になっている身体がつぶさに拾い上げる。
隣では同じように息を荒くしたローが、脱力した身体をベッドの上へと投げ出していた。能力を連続して使ったときじゃないと、なかなか見られない姿だ。呼吸を乱すローの姿なんて。
それが何だか嬉しく思えて、知らずうちに頬が緩んでいたんだろう。
「なに笑ってんだ」
そう言うと、伸びてきた無骨な指先がわたしの頬を遠慮なく摘まんできた。指先から順に視線を上げていくと、視界に飛び込んでくる浅黒い肌に彫られた刺青。
何も身に付けていない裸の身体に、蔦のように絡みつく文様が映える。一見細身に見えながらも、実はしっかりとついた筋肉はバランスがいい。
上腕二頭筋を彩るような、普段は隠されているハートを模したトライバルの曲線。それを指でなぞると、頬を摘まんでいたローの手が外れ、代わりに親指の腹がゆっくりと頬骨を撫でていった。
「水、飲むか」
「うん、ちょうだい」
「……いつもそのくらい素直にねだれば可愛いんだがな」
余計な一言を溢した唇が、にやりと歪む。その表情を腹立たしく思いながらも、でも嫌いじゃない自分もいて。同時に、まだ放熱を続ける下腹がぐずりと疼いた。
それを悟られたくなくて、そっと視線を逸らす。知ってか知らずか……いや、きっとすべて分かった上でだろう。何も言わずに上体を起こしたローが、サイドテーブルに置いてある水差しへと手を伸ばした。
捻るように体勢を変えたその身体を覆う筋肉は、緩慢な動きに合わせてゆっくりと隆起する。そしてそれは肌に彫られた刺青も同じ。背を向けたローが背負っている彼のジョリー・ロジャーも、しなやかな筋肉と肩甲骨が動けば、それに合わせて形を歪に変える。
その様を眺めていると、衝動のままにそこへ歯を立てたくなった。盛り上がった筋肉に歯を突き立てて、張りのある肌の感触を確かめたい。あわよくば残した歯形に舌を這わせて、そこから滲むローの赤い血を味わいたい……だなんて。
どうかしてる、と内心で苦笑いしながらも、こうやってローの仕草ひとつに惑わされている自分に、何となく安心したりもする。
腹部を這う余韻とりあえずローが振り返ったら、もう一度唇を重ねてみよう。この口寂しさを埋められる存在は、結局ひとつしかないのだから。
title / 寡黙
2013.8.3