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今夜僕と心中しませんか


深夜、見張り番を終えて自室へ戻る途中。廊下を歩くわたしの耳に届いたのは、微かな水音。クルー専用の大浴場とは正反対の方向から聞こえる音に導かれるように、向かった先は通い慣れた船長室だった。


「ロー?」


コンコン、と小さく扉を鳴らしても返事はない。さっきよりも大きくなった水音。きっとシャワーでも浴びているんだろうと納得して、踵を返そうとしたのだけれど。聞こえ続ける水音は止む気配なく、何故か無性にその水音の先にいるはずの人物が気になって仕方ない。何故と問われても明確な理由は答えられない。直感、いわば女の勘だ。


「入るよ」


鍵のかかっていない殺風景な部屋をまっすぐ進んで、奥にある扉の前に立つ。中途半端に開いた扉の隙間から、無造作に脱ぎ捨てられたジーンズやパーカーを見つけた。それらを一つ一つ辿って行った先――猫脚のバスタブの中で力なくぐったりと沈みかけている男の姿を見つけ、思わず眉根を寄せる。すぐそばの壁にかけられた、シャワーノズルから絶え間なく注がれる温水が、顔や腕にはねて鬱陶しかった。


「何してるの」
「……ああ」
「ああ、じゃなくて」
「力が、入らねェ」
「見たら分かるよ」
「情けねェくらい無力だ」
「……能力者だもの、仕方ないわ」


あなたが憎むあの人だって、きっと水に浸かれば同じように腑抜けになるのよ。とは言えなかった。出逢った頃と同じ濁った眼をした今のローの耳には、きっと届かないと思ったから。バスタブの横にしゃがみ込んで投げ出された腕の先、刺青の入った大きな手をぎゅっと握った。



今夜僕と心中しませんか



「なあ……夜はいつ終わる?」
「……もうすぐ、じきよ」



title / hmr
2013.1.3


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