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くちづけの時間


何度繰り返しても慣れないことがある。どの角度に顔を傾ければいいかも、どのタイミングで目を伏せればいいのかも分かる。最初は上手くできなかった呼吸の仕方だって、もう覚えた。ローと二人で部屋にいる時に一瞬空気が甘く揺らぐ、あの独特の雰囲気だって。


「……おい」
「ん、なに……」
「いい加減慣れろよ」


含み笑いをしたままおでこをくっ付けてくるロー。吐息のかかる距離がくすぐったくて、咄嗟に身体を引こうとするけれど。後頭部と腰に回る骨張った大きな手に阻まれ、すぐに断念した。


「……無理」
「なにが」
「だから、近いよ……」
「近づかなきゃキス出来ねェだろ?」
「……やっぱ、無理」


顔を真っ赤にして恥ずかしがるわたしを面白がっているんだろうってことは、どこかニヤけたローの顔を見れば分かる。キスが苦手なわけじゃない。嫌いでもない。触れるか触れないかの距離を保ったままの、今のこの状態がただ居た堪れないだけなのだ。


「無理、は無理だ」
「な、にそれ……」
「おまえの無理は却下ってことだ」
「ん、や……」


だったら、もういっそ強引に唇を奪ってくれればいいのに。そりゃたしかに未だに照れ臭かったりするけど、ローからの口づけは頭のてっぺんから爪先までしあわせな気持ちで満たされるから……好き。ただゆっくりじわじわと近付くこの瞬間が、どうしようもなく恥ずかしいだけ。


「焦らすなよ」
「じ、焦らしてるのはローでしょっ」
「フフ…そうか?」
「ば……っ、ん!」


言いかけた文句はそのままローに飲み込まれてしまった。与えられた柔らかな感触を待ち望んでいた自分に気付かされて、結局頬の火照りはとれないまま。きゅっとパーカーの布地を掴めば、腰に回っていた腕に力がこもる。

きっと明日もまたほんの少しの羞恥と引き換えに、わたしはローとの口づけに酔い痴れるんだろう。



2012.5.3


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