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無いより有るがひどくこわい


深海に潜ってしまえば、モーターの駆動音だけが不気味に響く夜の船内。潜航中ももちろん不寝番は立てるが、それ以外はみんなすっかり寝静まった――静かな静かな夜更け。

一つだけぼんやりランプの明かりが灯る部屋には、独特の匂いと熱気、それから二つの荒い呼吸が充満していた。


「……おい、どこへ行く」
「部屋に、戻ります」
「どうせ直に朝になる、このまま此処に居りゃいいだろ」
「……や、です」
「あ?」


皺くちゃになった白いシーツの上。仰向けのまま寝転ぶ船長の横で、怠い身体を起こして床に散らばった下着へと手を伸ばす。けれど、いとも簡単に引き寄せられた身体は裸の胸板に押し付けられ、そのまま刺青の入った逞しい腕に絡め取られてしまった。

その扱いはどこまでも力強く、強引だというのに。抱き寄せたわたしの頭をそっと腕に乗せる船長の仕草は、泣きたくなるほど優しすぎて。――ああもう、だから厭なんです。この温もりに包まれて迎える朝が、わたしはキライだ。ううん、温もりだけじゃない。こうして肌を重ねること自体、わたしには耐えられない。


「船長は、酷い人です……」
「おれに抱かれんのが、嫌か」
「……色んなものを残していくから、イヤです」


はじめて船長に抱かれた時から、いや、始まる前からきっと。わたしは"終わり"が怖かった。この肌に残る体温も、赤い痕も、移り香も――いつか失う日が来るのなら、最初から知らないほうがいい。


「おまえは、おれのモンだ」
「その、言葉だって……わたしを縛る全部が、くるしい……」
「……そうか。だが、嫌だと言っても離してやるつもりはない」
「ひどい、です……もう、や……こわいの……」


そう言って駄々をこねる子供のように、背を向け身体を小さく丸めたわたし。船長は何も言わず朝までずっと、海老のように丸まった背中に口づけを降らせ続けた。そんな淡雪のように優しく穏やかなキスでさえ、わたしの胸には深く突き刺さるというのに。

静かに溢れてシーツに染みを作る涙は、不思議と温かかった。



title / joy
2011.9.27
2013.6.22修正


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