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彼の煙草


今日は朝から海は大時化で。こういう時、潜水艦って本当に便利だなと思う。だってほら、こうして深い海に潜ってしまえば…こんなにも穏やかな時間を過ごすことが出来るんだから。


「………」


わたしの視線の先には、咥え煙草のまま分厚い医学書に没頭するローの姿。
ソファに投げ出された長い脚は軽く交差したまま、肘掛けに乗せられていて。骨張った指は、ゆっくりとページを捲っていく。

薄く開いた唇の先――挟まれた煙草が微かな悲鳴を上げ、燃え尽きようとしていた。


「ロー」
「……」
「ロー」
「…何だ」
「灰、落ちそう」


聞こえてるんなら一度で返事してよね、なんて思いつつも灰皿片手にソファの端っこへ腰を下ろせば。取り上げた短い煙草は、あっさりと唇から離れる。


「煙草に嫉妬か?」
「…ローって案外おめでたい頭してるんだね」
「フフ…可愛くねェヤツ」


くつくつと笑いながら掴まれた指が、薄く笑ったままの唇へ引き寄せられていく。ゆっくりとしたその動作を目で追っていると、ちらり流された視線が不意に絡んだ。


「キスしてやろうか」
「…いらない」
「へえ?」
「だってロー、キスだけじゃ終わらないでしょ?」
「そうだな、じゃあ…―」



おまえに煙草になってもらおうか



そう言って甘噛みされた指先は、毒に侵されたようにびりびりと痺れる。

口寂しいのは、きっとお互い様。



2011.5.29


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