見張り番を少しだけ残して、ほとんどのクルーは買い出しや情報収集のために街へ降りた。もちろんおれも例に漏れず、今から久方ぶりの大地の感触を味わいに行くところ。
愛用の刀を肩に乗せたまま甲板を横切れば、小さく出来た日陰に身体を横たえて穏やかな寝息を立てる女を見つけた。
花の蜜に群がる蜂のようにふらふら誘われるまま近付けば、潮風に混じって女特有の甘い匂いが鼻先を悪戯にくすぐっていく。
警戒心もなく油断しきった表情で眠るのは、ここが我が家同然のおれたちの船の上だからか。それとも、恐らく眠りに落ちた女のためにブランケットを取りにでも行ったであろう、男の存在故か。
「…ん、ペン…ギ…」
サラサラと風にさらわれ流れる細い髪に口づけを落とせば、わずかに身じろいだ女の唇から零れ落ちたのは男の名。
目覚めのキスを贈る、コイツの王子様とやらにおれはなれねェらしい。おれを映さない、閉じたままの瞳を静かに見下ろしながら考えたのは、そんな女々しく下らないこと。
まぁいいさ。それでもおまえは、おまえたちは、おれの大切な仲間だから。この真っ赤に染まりきった手で、これからも守ってやろうじゃねェか。
2010.8.24
2013.6.20修正
title / にやり