現代 | ナノ
臆病者の恋


薄いレースカーテンをすり抜けて射し込む夏の日差しが、ナマエの頬を白く浮かび上がらせた。さらさらとしたサテン地のキャミソールとショーツだけをまとったまま、母の胎内で指を咥える胎児のごとき姿勢でベッドに転がる彼女の髪を、節くれ立った浅黒い指がゆっくりと梳いていく。


「ロー、暑い」
「そうだな」
「今何時かな……」
「11時半だ」
「そっか」
「ああ」
「ロー、もう行く?」
「……ああ」


適度に空調を効かせた涼しいはずの部屋も、照りつける太陽のせいでじわじわと室温が上昇していく。ころんと寝返りを打って、ベッドの端に腰掛けていたローの太ももに額をくっつけたナマエ。少し硬いジーンズの生地に触れて、彼がもうすぐこの部屋を出て行くことを悟った。


「……鍵は、ポストに入れといてね」
「わかった」
「ロー、」


視線だけをきょろりと持ち上げて、ナマエがローを見つめる。形の良い眉の下で隈を携えた涼しげな目元が、ほんの少しだけ困ったように揺れた。それはどこか儚げで、でも優しげで。彼女が初めて見る、彼の表情だった。


普段は洋服に隠された黒子の位置だって、互いに知っている。どこをどんな風に触れば、反応を示すのかだってちゃんと心得ている。そんな二人が、明日からは何も知らない他人同士に戻る、最後の日。

今日この瞬間でさえも、真新しい記憶を積み重ねていくのかと、その罪深さにナマエは睫毛を伏せた。


「……んっ」


背を屈めて、ゆっくりと重なったローの唇が彼女の呼吸を奪う。触れ合う舌先は生温い熱を伝える。何度も繰り返してきた口づけの合間、二人の脳裏にちらつくのは互いを待つ相手の姿。今目の前にいる彼や彼女ではない、人たち。


「ごめんね、ロー」
「……」


もっと早く出逢っていればとか、いっそ出逢わなければよかったとか。そんな風に思ったりはしない。わずかな成虫の期間に命の限り鳴き続ける蝉のように、愛し合った二人だから。ただ、離れていく体温に人知れず淋しさが募るだけだ。


「好きになって、ごめんね」
「……ナマエ」


小さく謝り続けるナマエの目尻から溢れ出すものへ唇を寄せながら、ローは慈しむように彼女の頭を撫で続ける。優しくて不器用すぎるその手つきに応えるように、ナマエもまた伸ばした両手で力強くローの頭をかき抱いた。


「約束だ。次は、おれが一番におまえを見つけてやる」


その左手には、鈍く光る銀色の輪っか。ひんやりとした輝きを放つそれが、二人を隔てる境界線となる。いつかすべて越えた輪廻の果て、重ねた記憶を持ち寄って出逢えますように。



結局は臆病者同士であるだけでした



title / hmr
2012.7.28


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