現代 | ナノ
彼女はパンク


うちの母は昔から捨て猫やら捨て犬を拾ってきては、エサを与え寝床を与え、自分の子供たち以上に可愛がっているような人だった。母曰く、あのつぶらな瞳と目が合えば自然と体が動いてしまうのだ、と呑気に笑ってくれるのだから……娘としては堪ったもんじゃない。

おかげで青春時代はお小遣いを自力で稼ぐため、アルバイトに精を出す日々。その延長線上で、高校を出てすぐに働き出したわたしはまともな「恋愛」というものを知らぬまま、大人になってしまったのかもしれない。


だからなんだろう、こんなどうしようもないヒモ男……いや、糸くず男にいいように寄生されてしまったのは。わたしもどうやらあの母の血をしっかりと受け継いでいるらしい。


「ただいま、ロー」
「……おぉ、」
「……何やってんの」
「狩りだ、狩り。見て分かんねェか」
「分かるわけないでしょ。ていうかわたしが帰ってくるまでに洗い物済ませてって、言わなかったっけ?」
「あー…そうだったか?……あ、クソッ! そう来るかよ」


ところどころ寝癖で跳ねた濃藍色の短い髪。くすぐったいから剃れと言ってるのに伸ばしっ放しのまんまの無精髭。お気に入りらしいクマのワンポイントが入ったTシャツには、トマトソースらしき染みが飛び散っている。


そんなだらしない格好のまま、ソファに身体を預けてポータブルゲームに夢中になっているこの目の前の男の名は、トラファルガー・ロー。かつてわたしの「恋人」だったハズのモノ。


取り柄といえば、ちょっとばかし整った顔と…大きな声では言えないが、アッチの方――すなわち女を気持ちよく啼かせるテクニックだけは、悔しいことに大層秀でているのだ。とは言っても、わたしも経験豊富なわけではないから比べようがないっちゃーないんだけど。


「今日は、何してたの?」
「あ?」


やっと電源が落とされたゲーム機を見て、溜め息を吐きつつ毎日繰り返すセリフを向ければ。鬱陶しそうに目を細めて咥えた煙草に火を点ける。……その煙草を買ったのは、誰?そのテーブルの上に広げられたピザを買ったお金は、誰が稼いだもの?こんな小姑みたいこと、言わせないでよ。わたしに思わせないでよ、ねえロー。


「おいナマエ、」
「……何のつもり?」


ん、と手のひらを見せてくるローに低く唸るが、当の本人はといえば「金稼いでくりゃいいんだろ」だなんて言いながら、部屋着のスウェットからジーンズに穿き替えている。もちろん汗水流して労働した結果得る金銭なら、わたしは何も言わない。むしろ大歓迎だ。だがローの場合、「稼ぐ」という概念が根本から腐っている。


「スロットに使わせるお金なんて無いわよ」
「……チッ、」
「ホント最悪だわ、あんた」
「うるせェよ……なァ、おい、ナマエ」
「ちょっ、やめて! 触んないでよ」
「ヤらせろ」
「い・や!」
「なんで」
「な・ん・で・も!」
「おまえがスロット行かせねェから暇なんだよ。抱かせろ」
「は?バカじゃな……んんっ!」


煙草の匂いの染み付いたソファ。いつもローが転がっている其処へ押し倒され、両手の自由を奪われた。鼻先が触れる位置でニヤリと笑ったオオカミが、噛みついた拍子に唇へと移ったグロスをぺろりと舐め取る。


「おまえだって、嫌いじゃねェだろ?」


頭上で一纏めにした両腕を器用に片手で抑え込み、着ていたブラウスのボタンを一つ一つ外していく。露わになった下着を縁取るレース。そこへゆっくりと舌を這わせながら、すべて見透かしたように低く笑うローが……むかつく。


でもいちばん苛立つのは、大嫌いだと突き放せない自分自身で。

そんなわたしの頬を撫ぜながら、甘く優しい口づけを落としていくものだから――いよいよ感情の置き場に困って、わたしは不機嫌そうに眉根を寄せるしか出来なかった。



誰も愛さないのがロックなら、わたしの人生はパンクだった。



title / にやり
2011.7.7


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