現代 | ナノ
爛れた純心を抱いている


わたしには双子の妹がいる。二卵性双生児のわたしたちは姿かたちはもちろんのこと、性格も真逆。女の子らしく素直で甘え上手な妹は、小さな頃から両親や祖父母のアイドルで。何分か先に生まれてきただけで押し付けられる「お姉ちゃんでしょ」の決まり文句に、自分の気持ちや要望を口にすることを諦めたのはいつからだったろうか。

可愛いピンクの洋服を着たティディベアのぬいぐるみ、わたしもピンクが欲しいだなんて言えなくて手渡されたのはブルーのティディベアだった。おもちゃも洋服も靴も髪飾りも、果ては髪型まで。一番に優先されるのは妹の希望。お姉ちゃんであるわたしが手に入れられるのは、いつもいつも妹に選ばれなかった余りもの。でもね、悔しいだなんて思わないの。だってそれらは妹が手にすることが至極当然のように、まるで設えたかのように彼女にはお似合いのモノたちだったから。

親の手を煩わせることがない「優等生のお姉ちゃん」と、奔放だけれど「愛嬌のある妹」…いつの間にか確立されていた役割分担の陰で、いつからか自分の存在を薄く薄く、限りなく透明にしていくことが上手になっていた。そんな時だった、彼と出逢ったのは――…


「ねえねえ、ナマエちゃんのクラスにトラファルガー君っているじゃない? 彼女とかいるのかなぁ?」
「……さあ。全然話したことないから、分かんない」


お気に入りのクッションを抱えながら、真ん丸い瞳をキラキラさせる妹の口から出た名前。ドクンと跳ね上がった心臓をパジャマ越しにギュッと握って、わたしは嘘を吐いた。話したことがないなんて、真っ赤な嘘。でもたぶん彼女はいない…はず。本人が、そう言ってたから。なぜそれを知ってるかって?だってわたしも入学してからずっと、窓際の席で気だるげに外を眺める横顔を見つめてきたから。放課後の図書室で毎日交わすほんの少しの会話に、こっそり胸をときめかせていたのだから。

ああ、でももう終わりだ。

妹は欲しいと思ったものは必ず手に入れる。生まれてから今まで10数年すぐそばで見てきたが、彼女の希望が叶わなかった場面をわたしは知らない。それは力づくで、というよりも愛らしい彼女への神様からの贈り物のように、ごくごく自然に気付けば彼女の手の内にストンと落ちてくるのである。

そんなすべての祝福を受け、この世に生を受けた妹が「彼」を求めている。そうなれば、このあとのわたしの行動は自ずと決まっていた。

毎日通っていた図書室通いを止めて、持て余した時間でアルバイトを始めたのは何か月前だったか。もともと同じクラスといえども、教室内でわざわざ喋る必要も機会もなかったわたしとトラファルガー。だんだんと広がっていく二人の距離を、見て見ぬふりしながら夏と秋の二つの季節をわたしは過ごした。


*****


「……ただいまー…って、そういや今日はお母さんたちいないんだっけ……」


スーパーでのレジ打ちのアルバイトを終えて、開けた玄関の扉。いつもは明かりの灯っているリビングは真っ暗で、そう言えば……と思い出した両親の言葉に軽く脱力を覚えた。お腹は空いたけど何か作る気力は、もうない。こんなことなら何か買って帰って来れば良かった。妹はきっとトラファルガーと一緒だろう。ふぅ、と溜め息をひとつ吐いてから、重怠い身体をソファに沈め瞳を閉じた。


わたしの予想通り、夏が終わる頃には妹とトラファルガーは晴れて「彼氏彼女」の関係になっていた。天使のように愛くるしい妹がニコッと笑みを向けて、堕ちなかった男はいない。女のわたしでさえあの黒目がちで大きな瞳に見つめられればドキドキとしてしまうんだ。トラファルガーだって、あんな可愛い女の子に言い寄られれば、そりゃ付き合うよね。今では学年一の美男美女カップルと噂される、お似合いの二人だった。


「……何やってんだろ、わたし」


深く息を吐き出しながら呟いた声が、真っ暗なリビングに寂しく響く。明日は土曜日で学校も休みだ。今日は近所のファミレスでも行って、ドリンクバーで粘りながら読みかけの小説でも読破してやろうか。そんなことをつらつらと考えながら、体を起こした瞬間――


「……おい」
「……っ!」


暗闇にぼんやりと浮かぶシルエットと鼓膜を揺らす低い声に、思わず息を呑んだ。――何故、ここにいるの?妹は?どうして今さらわたしに声をかけるの?聞きたいことは、鍵をかけて仕舞い込んだはずの心の奥底から、どんどん溢れ出してくるがそれを言葉にすることは叶わない。ただ俯いて、冷たい指先を握りしめるだけ。


「おい、こっち向けよ」


何も言わないわたしに痺れを切らしたのか、トラファルガーの腕がわたしの二の腕をギュッと掴む。痛いくらいの力で引っ張り上げられて、勢いづいたまま額がぶつかった先は……制服のカッターシャツから覗く、少し汗ばんだ彼の胸板だった。外されたネクタイにだらしなく開いたシャツのボタンを見れば、今まで何をしていたのかなんて嫌でもわかる。


「……離して。こんなところ見られたら、誤解されちゃうから……」
「あいつなら眠ってる」
「そういう問題じゃない。やめて、トラファルガー」
「……誤解じゃなきゃ、いいのか」


距離を取ろうと押し返したわたしの腕をいとも簡単に拘束したトラファルガー。吐き出した吐息に乗せ、耳元で囁かれた言葉に頭が真っ白になる。これ以上近づいてはダメだと、警笛が鳴り響いた。


「なに、を言って……!っん、んん…!」


暴れ出したわたしの身体を押さえ込むように、逞しい腕が後頭部と腰に回される。抗うことは許さない、とでも言うように塞がれた唇と、捩じ込まれた舌。何度も何度も角度を変えて繰り返されるのは、何もかも奪い尽くすような荒々しい口づけだった。息苦しさで滲む視界――そこに映るトラファルガーは、苦しげに瞳を細めていて。何故だかその姿を見ていられなくて、ドンドンと力任せに胸を叩いた。


「はあ…っ…はぁ、なんで、こんな……」
「……なァナマエ、何で図書室に来なくなった」
「それ、は……」
「おれが何も気づいてないとでも思ったか?」


解放されたのは唇だけで。依然としてトラファルガーの腕の中に捕らわれたままのわたしは、何も言えずにただ下を向く。ヒリヒリと肌を刺すように伝わってくる、トラファルガーの苛立ち、怒り、そして…悲しみ。それらの感情に真正面から向き合うなんて、手を伸ばすことを諦めて逃げるように背を向けたわたしには、出来ない。いや、そんな資格すらないのだ。


「……ごめん、なさい」
「謝罪なんかいらねェ」
「っ、ごめ……な…さ……」
「ナマエ」
「……あの子が起きる前に離して……お願い」
「なんでおまえはあいつに遠慮ばっかしてんだ」
「……トラファルガーには、関係ない」
「あるから言ってんだろうが!」
「……っ」
「おれは本気だ、ナマエ」


言いながら首筋に顔を埋めたトラファルガーが、チリリと痛む痕を容赦なく刻んでいく。やり過ごす甘い痺れはジンジンと頭の芯を溶かしていった。ずるずると力の抜けた身体が、冷たいフローリングの床に崩れ落ちる。


「この痕が消える前に、また来る」


去って行く後ろ姿を呆然と見送りながら、押し流されそうな濁流に飲み込まれぬよう指先に力を込めた。無意識のうちに掴んだ制服のスカート――その折り目正しいプリーツがぐしゃりと歪んで皺を作った。これまでと同じではいられない……そんな予感を残して。



爛れた純心を抱いている



title / hmr
2011.7.3


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