現代 | ナノ
あの日から育ち続けた恋がある


ロー先生の授業は、わたしたち生徒が躓きやすいポイントを淡々と、でもそれでいて丁寧に解説してくれるから、密かに人気だ。


「じゃあ次の授業までに、今配ったプリントちゃんとやっとけよ」


もちろん人気の理由は授業の分かりやすさだけじゃなくて、先生の塾講師らしからぬ素晴らしすぎる外見も大いに関係していると思う。

スラッとした長身にくっ付いた小さな顔は、モデルばりに整っていて。この塾に通う女の子の大半は、ロー先生目当てなんじゃないかとさえ思うのだ。


「やっぱかっこいいよね〜ロー先生!」
「バレンタイン、チョコ渡しちゃおうかな!」
「えっマジで? ずるい!」


先生が出ていった扉を目で追うわたしの耳に入ってきたのは、来週に控えたバレンタインに色めき立つ、女の子たちの声。でもそこに交ざる気にはなれなくて、そっと教室を抜け出した。


教室を出て廊下を曲がった先にある休憩室。自販機と小さなテーブルが並ぶそこは、講師の先生たちも使うからか、部屋の隅っこの窓際に灰皿が一つだけ置かれていて。

運がよければ、次の担当授業までの空き時間に紫煙を燻らすロー先生の姿を見ることが出来る。そして今日は、ツイている日らしい。周りに他の生徒の姿はなかった。


「ロー先生」
「……何だ、おまえか」
「何だって、ひどいなぁ」
「質問でもあんのか」


面倒臭そうにこちらを振り返りながらも、さりげなく咥えていた煙草を灰皿へ押し付けるのは、ロー先生なりの生徒への気遣い。そんな些細な仕草に気付いたのは、いつだっただろうか。


「質問……んーっと、そうだなぁ」
「今考えてんじゃねェよ」
「あ、そうだ」
「おい、話聞いてんのか」
「ねえ、ロー先生」


質問がないならさっさと教室戻って自習でもしてろ、なんて言う声は聞こえないフリして。自販機で買ったあったかいココアを、少しだけ震える両手で握り締めながら、窓辺に寄りかかるロー先生を振り返った。


「……チョコ作ったら、食べてくれますか?」


何も言わずに無言のままじっと見つめてくる先生の表情は、わたしには上手く読み取れない。それはわたしがまだ制服に身を包んだ、子供だからだろうか。


「甘いモンは食わねェ」
「……そう、ですか」
「チョコ作ってる暇があったら予習でもしとけ」


ロー先生の隣に並んでも見劣りしないくらい魅力的な大人の女性になれたら、また答えは違ってくるのかな。ああ、分かりきってたはずなのに、やっぱり痛いなぁ。


「はやく、大人になりたいなぁ……」


ガキみたいだって自分でも分かってるのに、ぽろりと零れてしまったのは拗ねたような声で。言葉に出してしまえば、先生とわたしとの間に横たわるとてつもない距離を、いやでも実感させられてしまう。


「……嫌でも毎年歳はとる。要はどんな時間の積み重ね方をするかだろ」
「……」
「おまえは若い。どんな選択肢も選べんだよ、今のナマエが望むならな」


それでもこの想いを手放すという選択肢は、今のわたしにはない。たとえ思春期特有の大人への憧れだと、誰でもそんな時代の一つや二つあるんだなんて、訳知り顔で諭されようとも。


「そんな言い方じゃ、わたし諦め悪いから……頑張っちゃいますよ」
「ハッ……ま、それもいいんじゃねェか?」
「……じゃあ、勝手にします」


あなたに釣り合う存在になるため、なんて不純な動機かもしれない。でも今は勉強を頑張って、それからおしゃれもお化粧も少しずつ覚えていって、いつかハイヒールの似合う大人の女性になれたら。

その時はもう一度、誤魔化さずにこの想いを伝えてもいいですか?



あの日から育ち続けた恋がある



title / hmr
2013.2.10


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