わたしと仕事のどっちが大切なの?なんて馬鹿げたセリフは言いたくない。そもそも仕事と恋人を天秤にかけることすら、土台間違った話なのだ。比べるものではないし、どちらか一方を選ぶものでもない。
そう思うからこそ、わたしは今日も笑顔でローを送り出す。腕利きの外科医として買われている恋人のローは、休日も勤める病院からの呼び出しがあればすぐに職場へと駆けつける。たとえそれが、ずっと前から約束して心待ちにしていた、二人で過ごすクリスマスだったとしても。
「うん、うん……そっか! 急に誘ってごめんね? 気にしないで! うん、じゃあまた来週!」
ピッと小さく電子音を鳴らして電話を切る。テーブルの上に所狭しと並んだごちそうからさっきまで立ち上っていた湯気は、いつの間にか消えていた。
腕によりをかけて作った二人分の料理を無駄にしてしまうのも惜しくて。今年のクリスマスは一人で過ごすんだと嘆いていた同僚に電話をかけてみたものの、クリスマス当日のもう日も暮れたこの時間じゃ、約束を取り付けるのは難しい。
「仕事だもん、仕方ないよね……でも、一緒に過ごしたかったな……」
静かすぎる部屋にわたしの声だけが虚しく反響する。自分自身に言い聞かせるように声に出してみたけれど、思わぬ本音もぽろりと零れてしまって。それが余計に寂しさを募らせた。
このままだとよからぬ方向へ思考が向かってしまいそうだ。ぶんぶんと一度大きく頭を振ってから、借りたままでまだ観れていなかったDVDでも観ようと思い立つ。
リビングのテレビの前。置かれたソファには座らずに、そこへ凭れるようにして体育座りをした。ローテーブルとソファに挟まれる形で狭いそこへ落ち着けば、何となくいつもローがソファに腰掛けた自分の膝の間へわたしを座らせる時と同じような感覚。
それからぼんやりと画面の中で繰り広げられる映像を眺めて、どのくらいが経ったのだろう。
気付けば映画はエンドロールが流れていて、途中で眠ってしまっていたのだと気付いた。何となく肌寒く感じて両腕を抱きしめるように擦っていると、玄関のほうからカチャカチャと物音がする。ちゃんと戸締りはしているはずだけれど…と、少し緊張しながら物音に耳を澄ませていれば。
「ナマエっ」
「え、ロー? 今日は戻れないんじゃ……」
ばたばたと足音を立ててリビングの扉を開けたのはローだった。合鍵を持っているのだから何ら不思議なことではないはずなのに、それでももう今日は会えないと思っていたから目の前の光景が信じられない。
「汗、かいてる……真冬なのに…」
「走ってきたからな」
「なんで……」
「ナマエ、」
「……っ、ロー」
ソファの前までやって来たローを呆然と見上げるわたしの腕を引っ張って、その逞しい腕の中にぎゅっと閉じ込める。どくんどくんといつもより早い鼓動と、首筋を伝う汗が、本当にローが走ってここまでやって来たんだと物語っていて。
「無理、しなくていいのに……」
「バカ野郎、んな顔して言っても説得力ねェよ」
頬を優しく撫でる骨張った指先に、いつの間にか零れ落ちていた涙に気付かされる。さっきまでは我慢できてたのにな。おかしいな、ローの顔を見たら張りつめていた糸がぷつりと切れてしまったみたいだ。
まなざしはとろけた(おまえ一人だけが一緒に居たいって思ってるわけじゃねェんだよ)
(うん)
(我慢すんな)
(うん)
(一人で泣くな)
(うん、ごめんなさい)
(……今夜は仕置きだな)
(ええっ?)
title / hmr
2012.12.24