現代 | ナノ
満ち引きするココロ


第三金曜日の夜。定時で会社を出たわたしはいつものようにその足でタクシーを拾って、高層ビル群の中に建つホテルへと向かう。

沈み込みそうな程にふかふかのロビーを抜けて、顔馴染みのフロントマンからルームキーを受け取る。ルームナンバーはいつもと同じ「1006」だ。


上へ向かうエレベーターの中、もう何度となく繰り返してきたこの行動に、何故だか笑いが込み上げてくる。本来人間に備わっているはずの学習能力とやらは、こういった場面では全く役に立たないらしい――そう、男女のいろごとにおいては。


綺麗にベッドメイキングされた寝台にハンドバッグを投げ捨てて、向かうのは浴室。大きな洗面台に備え付けられた鏡は、曇り一つなく磨き上げられているというのに。

そこに映った自身の顔が何とも情けなく歪んでいて、もう終わりにしなければ―…心の中で強くそう思った。


*****


「よォ、待たせたか」
「そうでもないわ。今丁度シャワーを浴びたところ」


ぽたぽたと濡れた髪を伝って、水滴が柔らかな絨毯に染みを作っていく。バスローブを羽織っただけの身体は、あっという間に刺青の彫られた逞しい腕に捕まった。


「っ、ん……ロー…」


肌蹴たバスローブの間から覗く白い肌を、落とされる紅が埋めていく。柔肌に時折立てられる鋭い歯が、痛みと一緒に快感を呼び覚ますようで。

先ほど心の中で固く結んだ決意は、すでにぼんやりと靄がかかってその輪郭を曖昧にしていった。


「ナマエ、愛してる」
「……意地悪な人。こんな輪っかに縛られたまま言うセリフじゃないわ」


鈍く輝く左薬指のそれをなぞるわたしの言葉に、ニヤリと口端を歪めるロー。先ほどまでわたしの肌へ歯形を残すことに執心していたその犬歯で、滑らかな曲線を描くプラチナに噛みついたかと思うと……躊躇いなく引き抜き、吐き出した。


「おれにとっちゃ何の価値も意味も持たねェよ、こんなもん」


コロン、とシーツの上に転がった指輪を気にも留めず、深く唇を求めてくる姿にどこか喜びを感じてしまうわたしは、もういくつ罪を重ねてきたのだろう。

重ねれば重ねるほど積み重なる虚しさから目を逸らして、束の間の温もりにすがっている、愚かで罪深いわたし。


「……悪い旦那さんね、ローは」
「結婚なんて紙切れの契約だ、そうだろ?」


ささやかな嫌みもするりと躱し、ローは目を細めて静かに笑うだけ。鼻先が触れ合いそうな距離で、何度も何度も触れるだけのキスを繰り返す。


真綿のように柔らかな口づけを贈るこの唇から、こんなにも愛のないセリフが紡がれるのだから……言葉なんてアテにはならないのだとつくづく感じさせられる。だからわたしはローの言う「愛してる」も本気になんてしてやらないの。


「そうね、少なくともローを見てると結婚に夢を抱くことは無くなったわ」
「フフ、そりゃあいい。この先もずっとおまえを独り占めしてやれる」
「……こんなに意地悪で勝手な人、他に知らないわ」
「おまえはおれ以外、知る必要なんてねェよ」


信じない、信じてなんかやらない。耳触りのいい言葉でわたしを雁字搦めにしてしまうローのことなんて。そんなローに一喜一憂しながら、強がって余裕のあるフリをする惨めなわたし自身も、胸の奥底深くに沈めてしまおう。


そして今夜もまた、深く繋がる身体の奥からとろとろと零れる熱と一緒に、口には出せぬ想いを吐き出すんだ。



寄り添うだけで満たされて、見送るだけで磨り減ってく



そうやって散々わたしを夢中にさせておいて、どうせあなたは夜明け前にこの部屋を出て行くんでしょう。
それでも愚かなわたしは次の約束を心待ちにして、独り寝の夜もぎゅっと携帯を握りしめるのです。



last title / hmr
2011.11.7


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