※「計画的遭遇」を先にお読み下さい低血圧で朝の弱いおれが、7時台の電車に乗って毎朝会社へ通う理由。
同期のユースタス屋辺りに知られたら、格好のネタにされちまうだろうから……口が裂けても言えねェ。
「あ、おはようございます! トラファルガーさん!」
朝一番にコイツの笑顔が見たいから――だなんて、自分でも笑わせるなと思う。
「よォ、早ェな」
「そうですか? あ、ちょっとだけ窓開けますね」
カラカラと喫煙室の窓を開けながら、外の空気を肺いっぱいに吸い込むナマエ。
風に乗って甘く柔らかな匂いがふわりと鼻先を舞った。おれはニコチンで真っ黒の肺にソレを吸い込んで、汚れた自分自身が浄化されていくような錯覚に陥る。
ナマエといると自然と頬が緩む自分がいる。ニヤリと口端を歪ませるようなヤツじゃない。自然と湧き上がるように腹の底から笑えるんだから、不思議で仕方がない。
それからもう一つ、口が裂けても周りの奴らには言えねェこと――
「なァナマエ、今週の日曜辺りにどっか飯でも食いに行かねェか?」
「へっ? え……トラファルガーさんと、ですか!?」
「他に誰がいるんだよ。つーかそのトラファルガーさんっての、やめろ」
まさかこのおれが、未だにナマエに手を出していない――だなんて。
もちろん、指咥えてただ見てたわけじゃない。だがあのバレンタインの日以降、何だかんだタイミングが悪かったり、月末の業務に追われたりで、結局おれとナマエとの関係に変化の兆しは全く見られなかった。
「え、でもトラファルガーさんじゃなかったら、何て呼べば……」
もじもじと指を動かしながら顔を赤らめるナマエに、ガキじゃあるまいしと呆れる気持ちは確かにあるが。
その恥ずかしがる仕草一つにさえも、おれの頬がゆるゆると上がるのだから……これはもう、重症としか言いようがない。
「ロー、でいいじゃねェか」
「……ひゃっ!」
赤い顔を隠すように俯いたせいで滑り落ちたナマエの髪を、耳に掛けてやりながら、わざと低く囁く。顔を真っ赤にして慌てるナマエが、少しでも距離を取ろうとおれの胸を押し返した。
「逃げんな、ナマエ」
折れそうな程に頼りない両手首を掴んで、そのまま顔を近付ける。
戸惑ったように忙しなく視線を彷徨わせながら、ちらりとこちらを見上げてきたナマエ。その潤んだ瞳に、一瞬ここが会社の喫煙室だという事を忘れてしまいそうになった。
「バレンタインのお返しは3倍返しなんだろ?」
「え、ええっ? ど、どういう……」
「期待して、空けとけよ? 日曜日。フフ…」
「……(何かされる!?)」
3倍返しなんて生温い。5倍、10倍にして返してやるよ、おれの"愛"ってヤツをな。
それが、頬っぺたにキスだけで今日まで我慢したおれへの褒美も兼ねてるってことは、まだ秘密でいいよな?
計画的捕食2011.3.9
2013.7.13修正