現代 | ナノ
計画的遭遇


今年のバレンタインデーは平日、月曜日。社会人からすれば義理チョコの飛び交うバレンタインなんて迷惑極まりない代物だ。けれどほんの少し、少しだけ。今年のバレンタインは浮足立つ気持ちがなかったといえば嘘になる。


今期の異動で同じ部署になったトラファルガーさん。異動前から何度か会話を交わすことはあったのだけれど…晴れて同じプロジェクトチームになれて、最近じゃ毎日の服選びに気を抜けない日々だ。


密かに憧れる彼は、社内でも有望株で。今までは部署もフロアも跨いでチョコを渡すなんて真似、考えもしなかったけど…同じチームの仲間なんだし、日頃の感謝の気持ちを込めて贈るなら……おかしくない、よね?


そんな下心たっぷりのチョコレートを握りしめ、今わたしは始業前の休憩室の扉の前で立ち尽くしていた。


この時間、いつもなら窓際でゴルフスウィングの練習をしている部長以外はまだ出社していない。わたしとトラファルガーさんを除いては。

毎朝休憩室の観葉植物に水をやっていると、煙草片手にトラファルガーさんがやって来る。そこで交わす会話が毎日のささやかな楽しみなんだけれど……さすがバレンタインというべきか、今朝は様子が違った。

どっから湧いてきたんだ!ってくらい、狭い休憩室いっぱいにキラキラと着飾った女の子が溢れ返っている。


「……うそ、でしょ」


いつもより早くトラファルガーさんが出社していたことも想定外ならば、女の子に囲まれる彼の姿はさらに想定外だった。

少し考えれば予想も出来ただろうに…わたしのバカ、アホ、マヌケ!こんなんじゃ絶対チョコなんて渡せないや……。


開きかけた休憩室の扉をそっと静かに閉めて、すごすごと給湯室へ引き上げる。朝一番であれだけ女の子が群がってるんだ、きっと今日一日誰にも見られず彼にチョコを渡すのは至難の業だろう。


しょーがない、せっかく奮発して買った高級チョコだけど、今日のおやつにでもするか。ため息を吐きながら、チョコの包みをこっそり戸棚の奥に仕舞って、気分転換にコーヒーを淹れていると――


「よォ、おれにも一杯もらえるか?」
「えっ! ト、トトトラファルガーさんっ!?」
「クク…慌てすぎだ、ナマエ」
「だって! 全然気配がないんだもん……びっくりもしますよ!」


全然悪びれた様子なく、そりゃ悪かったな、と笑うトラファルガーさんに少しだけ鼓動が速くなる。だってその大きな手はわたしの頭をくしゃりと撫でていて、未だかつてないほどに二人の距離が……近い。


「そういや、今朝は水やりに来なかったな」
「あ……」
「ナマエが来ると思って、待ってたんだぜ?」
「うそっ!」
「嘘じゃねェ。おまえ、中入らずにそのままドア閉めただろ」
「えっ!!」


何でそれを知ってるの!?ていうかさっき行ったのバレバレだった!!?やだ、すっごい恥ずかしい……って、あれ?今、待ってたって言った……!?


「なに百面相してんだよ。ホントおまえは見てて飽きないな」
「そ、それって褒めてます? 貶してます!?」
「あー、褒めてる褒めてる」
「嘘だー! トラファルガーさんはやっぱり意地悪ですね……」
「フフ…意地悪も言いたくなるだろ。いつもより早い電車で来たのに、まんまと待ち惚け食わされたんだからな」
「へ? え、それって……」
「おまえからのチョコ、期待してた。ガキみてェだって笑うか?」
「……っ!」


今日は本当に、予想もしていないことばっかり起こる日だ。

熱の集まる頬に手を当てて必死に冷まそうとするけれど、わたしの心臓はまったく言うことを聞いてくれなくて。ドキドキと早鐘を打つ鼓動に息が止まりそうになった。


「まあいい。チョコなんかより、こっちの方がいいしな」


そう言って、真っ赤に染まっているだろうわたしの頬っぺたに、軽く触れた柔らかな感触。
もしかして、もしかしなくても。まさか最初から"こっち"が目当てだった、なんてことは……



計画的遭遇



この人なら、有り得るのかもしれない――自信ありげにニヤリと笑う表情に、そう確信したバレンタイン。



2011.2.14
2013.7.13修正
素敵企画「Valentine syndrome」様へ提出


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