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Girlfriend


"彼ら"は、一応の個性というものを持っている。口調や性格、無論外見の何から何まで、使用主の好みというものに完璧に合わせて造られている"彼ら"は、幾千幾万では利かないほど"個性的"かつ"多様"なのだ。

「つまんないの」

ナマエの細い人差し指が、ゆっくりと、"彼"の胸に「一」の字を書いた。

「何がだ」
「だって、可愛くないんだもの」

"彼"は、「呆れ」という感情を表すための最も手っ取り早い動作である、ため息を選んだ。年頃の女性にとって最も優先されるらしい指針の一つ"可愛い"という言葉を、ナマエもよく使う。可愛くあらずんば持ち物にあらずというレベルだ。"彼"には理解しきれぬ選択理由であったが、ナマエが大事に思っているものを否定したりはしない。"彼"は、そういう機能を持っていないのだ。

「あのなあ、可愛い可愛くないっていうもんじゃねェんだよ、これは」
「分かってるもん」

ナマエは、お気に入りのキャラクターが描かれた毛布を抱え、そっぽを向いてしまう。"彼"は、もう一つ息を吐く。そして、ナマエには気づかれぬように、そっと自分の胸元をなぞった。

そこには、何の面白みもない字体で書かれた16ケタの数字が並んでいる。"彼ら"の個性が最も分かりやすく表面化したものと言えよう。"彼ら"は、この数字によって"預言者"を含む膨大なプログラム群に管理され、日々修正され、人間で言うところの"自己"を高性能記憶媒体に上書きし続けていくのだ。デフラグメンテーションを含む"セラピー"のために、定期的に"預言者"のもとに行く以外は、基本的に使用主のそばを離れることはない。"彼ら"は今の時代、既に生活必需品であるのだから。

「まあ、中途半端な数だってことは認めてやる」
「素数なんでしょ。前、言ってたよね」
「ああ」

実にハンパな数だな。自嘲の色の含み笑いが、ナマエの耳に届く。過去に人類を魅了してやまなかった、1と自分以外には割り切れぬ数字は、現在では幾多の数式で表せる、ただの数字の羅列となっている。自らの存在も、かつては"魔性"とすら呼ばれた数の神秘の恩恵を受けているというのに、"彼"はいつもそんなふうに笑うのだ。

「この次の数字なら、もっとよかったのに」
「なぜだ」

いつも数式だの数字だのの話には、ほぼ興味を示すことのないナマエから零れ落ちた奇妙な言葉に、"彼"は目を丸くした。"彼ら"にとって主の言動はほぼ推察できるものなのだが、"結婚"して長いこと経つのに、"彼"がナマエにこうして驚かされることは少なくないのだ。ナマエは、しばらく机の引き出しを漁り、一つのものを取り出した。

「だって、ほら」

ナマエが小さな両手の上にのせていたのは、左右不均等の、不恰好なハートの形をした手紙だ。どこまでも均質な記憶の層を持つ"彼"は、容易にその存在を掘り当てる。

「そんなの、まだ取ってあったのか」
「当たり前じゃない」

初めてローから貰った手紙だもの。恥らいつつ紡いだナマエの言葉は、"彼"を簡単に打ちのめす。彼女が、可愛いという単純な語句を用いながら、"その形"を好む理由は、まさか。

「ローはさ、その模様、好き?」
「好き嫌いで在るものじゃねェ」
「じゃあ、好きな模様を彫りなよ。そのほうが、いいよ」

何が「じゃあ」なのかは全く解らないままだったが、"彼"は、ハートと「810」をかけたナマエの拙い冗談を茶化すこともできず、ただ頷くだけ。何か不具合が起きて分泌がうまくいっていないのか、妙に渇いた喉から言葉を絞り出す。

「……一年後」
「うん」
「お前の、好きな模様を」
「うん」
「お前の誕生日に、一緒に彫ろう」

共にと誓い、描き散らした大きなハート、小さなハート、いろいろなハートが、狭い部屋を埋め尽くしていくうちに、日付が変わる。紙とクレヨンのにおいに埋もれて、彼らは手をとり、互いが互いの存在を寿ぎながら、幾度もハッピーバースデーを囁き合った。



2013/Summer
「scent」のまり緒さんより

→次ページにお礼という名の感想文


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