海賊 | ナノ
愛は裏返しても愛になる


キャスケット帽をかぶった青年は、食堂の真ん中で呆然と立ち尽くしたまま、冷や汗をかいていた。それもそのはず、彼の身体すれすれを、先ほどから何発もの鉛玉が掠めていくのだから。
下手に動けば大怪我では済まない、そう悟った青年――シャチは、壁にめり込んでいく弾丸を、視線だけで忙しなく追いかけていた。


「さっきの言葉、撤回しなさいよ」
「あ? まずいモンをまずいと言って何が悪ィ」
「まずいじゃなくて、あんたの場合はガキみたいな好き嫌いでしょ」
「てめェ、誰に向かって口きいてんのか分かってるのか」
「は? 梅干しも食べられないやつが偉そうに……」
「ハッ、相当バラされてェらしいな」
「勝手にすれば? ていうか梅干ししかなかったんだから仕方ないでしょ!」
「気利かせて他のモン用意するくらい出来ねェのか、クソ女」
「わたしはコックじゃないんだよ、クソ野郎」


食べかけのおにぎりが放置されたテーブルと、顔面蒼白なシャチを挟んだまま、ローとナマエの攻防は止まない。容赦なくリボルバーの引き金を引くナマエだが、対するローが難なく弾丸を避けてしまうため、怒りが治まることはない。むしろ火に油を注ぐ結果となっており、相変わらずシャチは一歩も動くことが出来ない。

喧嘩してもいいからおれを挟んでするのだけは勘弁してくれ。そんなシャチの悲痛な心の叫びをキャッチして、食堂の入り口という超安全圏から中を窺うペンギンとベポの二人。
シャチには気の毒だが、こうなってしまったローとナマエを止めるのは困難だ。もし不運にも鉛玉がシャチの身体に風穴を開けるようなことになったら、その時は迅速にオペの準備に入ろう、そう心に誓って顔の前で十字を切る。


「大体ね、いきなりおにぎり食べたいとか言われても知るかってのよ」
「ほんとに口の悪ィ女だな、てめェは」
「気に食わないなら、いつでも船から叩き出せば?」
「しかも可愛げもねェ」
「ハイハイ、悪かったわね。でもそんな女に毎晩おっ勃ててるのはどいつよ」
「あぁ?突っ込まれて毎晩気持ちよさそうに鳴いてんのはどこのどいつだ」


銃声は何とか止んだ。しかし今度は唾を飛ばし合い、胸倉を掴み合いながらの口論がヒートアップする。しかも自船の船長とその恋人の夜の事情なんて、出来ることなら聞きたくはない。
これだけバイオレンスな痴話喧嘩を毎日のように繰り広げながら、そうか毎晩ヤることはヤっているのか……とどこか腑に落ちない思いを抱いたのは、きっと絶賛石化中のシャチだけではないだろう。
気まずそうに顔を見合わせたペンギンとベポは、とうとう放置を決め込んだらしい。諦め半分に首を振りながら、背を向け食堂を後にした。


「誰がいつ、何時何分何秒どこで、気持ちよく鳴いてたって?」
「てめェだよ、クソ女。何なら今すぐ鳴かせてやろうか、あ?」
「やれるもんならやってみろ、5秒でイカせてやるよ早漏野郎」
「言ったな? 気失うまでヤり倒してやるから覚悟してろよ」


メンチを切りながら言い合うセリフにしては、何かおかしい。いや、全面的におかしい。キャプテン、昼間からそんな大胆な…とか。ナマエも女の子が滅多なことを言うもんじゃないよ…とか。言いたいことは沢山あったけれど、それらの言葉が二人に届くことは、残念ながらなかった。

競い合うように早歩きで食堂を出て行ったバイオレンスカップルの背中を、呆気にとられたまま見送ってから。ぽつんと一人取り残された食堂で、シャチは少しだけ、泣いた。




title / 寡黙
2014.2.13

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