海賊 | ナノ
おそろいの夜は優しい


明日の朝食の下拵えを済ませて、自室でもある船長室へと向かう。ローはきっと今頃、ダブルサイズのベッドの上でその長い脚を伸ばし、医学書を読み耽っている頃だろう。
日中の僅かな浮上時間の合間に布団を干しておいたので、ふかふかでお日様の匂いがするに違いない。些細なことかもしれないけれど、喜んでくれるといいな。


「ロー、今日も一日お疲れさま」
「終わったのか?」


扉を開けると、医学書から顔を上げたローとばっちり目が合って、指先だけで呼ばれた。素直に従って、隣の空いたスペースに腰を下ろす。お疲れ、というように頭の上に大きな手のひらが乗せられて、たったそれだけのことなのに溜まった一日の疲れが、すーっと体の中から消えていくようだった。

それからまたローは、紙の上の文字を追うことに夢中になったので、その邪魔をしないように手持ち無沙汰な時間を過ごすアイテムはないかと、周りを見渡す。
そうだ、と思いついて視界に入ったサイドテーブルの引き出しから取り出したのは、可愛らしい装飾のラベルが貼られた小瓶。

ふたを開けるとふわりと香った甘い匂いに、頬が緩む。伸ばした指先で掬い取ったそれはほんのり蜂蜜色をしていて、ベポが大好きなパンケーキに乗せるバターを彷彿とさせた。
室温のせいか少し硬さの残るクリームを手のひらで温める。人肌で温もったクリームを塗り広げるように手を擦り合わせていると、甘い匂いに気付いたのかローがこちらを見た。


「なんだそれ」
「ボディクリーム。この間の島で買ったの」
「甘いな。何の匂いだ?」
「たしかその島特有の花だったと思うよ」


まんべんなくクリームを塗って少しテカったわたしの手を、ローが掴んで引き寄せる。鼻先を近づけてくんくんと匂いを嗅ぐ様子は、好奇心旺盛な子供のようで。何だかそれがおかしくってくすくすと笑っていると、笑われてムッとしたのか眉根を寄せたローが顔を離した。


「ふふ、笑ってごめんね? ローもつけてみる?」
「……いらねェ」
「そんな拗ねなくてもいいのに」
「拗ねてねェ」
「ほら、いいから貸して?」


そう言って少しだけ強引に刺青の入った腕を引っ張ると、思いの外すんなりと腕を預けたロー。今夜はいつもよりも何だか素直だ。同じように手のひらで温めたクリームを、ゆっくりとローの手の甲に伸ばしていく。肌に刻まれた刺青をなぞるように、少し冷たいその手を暖めるように。


ごつごつと骨張ったこの大きな手のひらに、今まで何度助けられただろう。頼もしくて、力強くて、それから心の底から信じられる手のひらだ。これから先、今まで以上に厳しい海がわたしたちを待っているだろう。
いつまでもこの手のひらに守られてばかりでは、きっとすべてを失うことになってしまう。わたしがローに出来ることなんてたかが知れている。そんなことは百も承知で、でもわたしはこの人を守りたいと思う。ずっとそばで支えたいと思う。


「はい、おしまい」
「ああ」
「おそろいだね」
「匂いがか?」
「そう、甘くていい匂い」
「こんな甘ったるいのは、おれには似合わねェ」
「あはは、それはまぁ…そうかもしれないけど」


それでいいのだ。二人きりのこんな夜くらいは。いつも気を張っているローの、冷えた手を暖めることくらいしか今のわたしには出来ないけれど。
同じ匂いに包まれて、寄り添う体温も混ざり合ってしまえば、ローの背負うものをほんの少しでも分け合うことが出来るんじゃないかって、そんな自己満足にも似た思いを、あなたは笑うだろうか。



おそろいの夜は優しい



title / 寡黙
2014.1.3

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