海賊 | ナノ
イエローサブマリンで朝食を


ハートの海賊団の朝は、わりと規則正しい。
クルー全員がお揃いのつなぎに身を包むだけあって、集団生活のいろはを大切にする風潮が無きにしも非ず、といったところだろうか。

海上でも一際目立つ黄色い潜水艦。その中で一番の早起きは、やはり朝食の準備に追われるコックのナマエだ。そして彼女が厨房へ入った後くらいに、夜通し起きていた不寝番のクルーはやっと見張りの交代時間を迎えることとなる。
軽めの朝食をとってから眠りに就く者もいれば、そのまますぐに大部屋のハンモックへダイブする者もいる。
しかし結局のところは、他のクルーの起床時間になれば部屋は一気に喧しくなってしまうので、不寝番を終えた後は必然的に大いびきをかく仲間たちを叩き起こす役目も担うこととなるのだが。


「今日も早いな」
「あ、おはようペンギン」
「ああ、おはよう」
「不寝番ってペンギンだったっけ?」


厨房と食堂を仕切るカウンターから顔を覗かせたペンギンに気づいたナマエが、じゅうじゅうと音を立てるフライパンを動かしながらにこやかに答える。会話を続けながらも手元は忙しなく動き、その手際のよさにペンギンは人知れず感心したのだった。


「いや、シャチだ。今ちょうど他の奴らを起こしてる」
「ああ、なるほど。一番最初に起こされた被害者ってわけね」


基本的にクルーに宛がわれているのは四、五人ずつが寝起きできる広さの大部屋だ。ただもちろん例外はある。体の大きなベポやジャンバール、古株のペンギンやシャチといった面々は、特別に与えられた二人部屋を使っている。
また紅一点のナマエもその立場を考慮してか、食堂に隣接する小部屋を専用の居室として宛がわれていた。


「ご名答。あ、シャチも軽く食うって言ってたぞ」
「りょーかーい」


きっと不寝番を終えて部屋に戻ってきたシャチは、気持ち良さそうに眠るペンギンの安眠を妨害してきたに違いない。眠たそうに欠伸をかみ殺すペンギンの表情が、そう物語っていた。
そんなペンギンの様子にくすりと笑いながら、ナマエはカリカリに炒めたベーコンやとろとろのスクランブルエッグ、野菜入りオムレツにボイルしたソーセージを大皿へとのせていく。マッシュポテトとハッシュドポテトはお好みで付け合わせに。


「なんか手伝うか?」
「わ、助かるー! じゃあ冷蔵庫からサラダ出してもらっていい?」
「りょーかい」


ハートの海賊団の朝食は、とある理由によりバイキング形式をとっている。
ハムやソーセージといった加工肉を中心にミニハンバーグやメンチカツなんかが日替わりローテーションで並ぶ肉料理の代表だ。あとはスクランブルエッグにゆで卵、目玉焼きにポーチドエッグといった卵料理も欠かせない。
そこにサラダとデザートの果物、焼きたてのパンが付けばもう立派な朝食である。


「ん? 今日は船長は朝食いらないのか?」
「……へ? あー…ううん、ちゃんと用意してるよー」


焼きたての食パンをかごに盛るナマエの横で、運んできたグリーンサラダとポテトサラダを並べていたペンギンが、テーブルの上の大皿を見渡して不思議そうに首を傾げた。まるで、料理はこれでおしまいか? とでも言いたげな表情だ。


「ほら、船長ってば出来立て炊き立てのホカホカじゃなきゃ食べてくれないでしょ?」


ペンギンの分かりやすすぎる反応に、苦笑いを返しながらもナマエが答える。そう、朝食の準備というコックである彼女の仕事は、まだまだ終わりはしないのだ。
それを理解したペンギンは一度だけ小さく肩を竦めてから、コーヒーとオレンジジュース、それから牛乳とシリアルの用意を買って出た。
ありがとう、とお礼もそこそこに慌ただしく厨房へと戻って行く小さな後ろ姿を見送りながら、ペンギンはうちの船のコックは本当に優秀なもんだと独り言ちた。


「……腹減ったな」


小さく鳴った腹をさすりながらペンギンが呟いたところで、扉の向こうから騒がしい足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
お揃いのつなぎに身を包んだクルーたちが、朝食を求めてやって来たようだ。美味しそうな匂いと湯気の立つこの大皿の料理たちも、きっとあっという間に空になってしまうだろう。


「おおーっ! 今日も美味そうだー!」


よだれを垂らしそうな勢いで、我先にとテーブルの上の料理へ飛びつく仲間たち。
その様子に苦笑いを浮かべつつ、ペンギンも食堂のカウンター脇に積み上げられているプレート皿を手に取った。
大きな欠伸を繰り返しながらこちらへやって来たシャチは、サラダとほんの少しの肉類を皿によそうと、シリアルの箱に手を伸ばす。


「コーヒー飲むか?」
「……いんや、いい。寝れなくなっちまうし」
「そうだな、じゃあオレンジジュースでいいか?」
「……ん」


自分用にとペンギンがカップへ注いでいたコーヒーを勧めてみたものの。夜通し起きていたシャチは夢の世界に片足を突っ込んでいるようで、うつらうつらしながら問いかけに答えるのが精一杯といった様子だ。
この調子じゃ食べながら寝そうだな、とペンギンがのんきな予想を立てていたところでドスドスと床が抜け落ちそうな重い足音が聞こえてきた。ベポだ。
同じ部屋のジャンバールがすでに席についているところを見ると、きっと食堂へ向かう前に船長室へ寄ってからやって来たに違いない。


「おはよー」
「船長、おはようございます!」
「おはようございまーす!」
「……ああ」


案の定食堂の入り口から姿を現したのは、野太い声の白熊とハートの海賊団船長のローだった。口々に挨拶する仲間たちに小さく手を上げて、ローは定位置である奥のテーブルへと進む。
しかしテーブルの上に並んだ料理を一瞥して、ぎゅっと眉根を寄せた。普段から寄りがちの眉間にさらに深く刻まれた皺は、ローの機嫌が宜しくないことを伝えていた。


「なんだ、このメシは」


地を這うような低い声に、嬉々として料理を取り分けていたクルーたちの動きがピタリと止まる。運悪くローのすぐそばに立っていたクルーは、どう答えていいのか分からずに情けなく視線を彷徨わせた。
そして次の瞬間、あっ、と悲鳴に近い小さな声を上げて気づいたのである。


「おれはパンは嫌いだ」


そうだ、何かが足りない。いつもの朝と違う。その答えは――パン嫌いの船長のために用意されているはずの、特別メニューだった。

トラファルガー・ローはパンが嫌いだ。彼の生まれ育ったノースブルーでは、食事の際に手軽に摂取できる炭水化物といえば、パンやいも類が一般的である。しかしローはパンを好まない。
食べられないわけではないが、あのスカスカの食感が気に入らないのか、はたまたパンにまつわるトラウマ並みの嫌な思い出でもあるのか。
その頑ななまでの好き嫌いの真相を、クルーたちは知る由もない。ただ事実として「船長はパンより米派」という共通の認識だけを、彼らは互いに持っていた。


「あっ! 船長、おはようございまーす」


固まるクルーたちが互いに視線だけをこっそり交わし合っていた、ちょうどその時。明るい声とともに焼き魚のいい匂いをさせながら、ナマエが厨房から姿を現した。奥からはみそ汁の匂いも、彼女を追いかけるように漂ってきている。
救世主が現れた――大袈裟かもしれないが、その場にいたロー以外は全員心の中でそう叫んだことだろう。そしてそれは間違っていない。
ナマエが運んできた料理に気付いたローの機嫌が、みるみる良くなった。


「……今朝は鮭か。いいな」
「この間漬けた浅漬けも食べ頃ですけど、出しましょうか?」
「ああ。……なんだ、おまえら。ボーっとしてねえでさっさと席につけ」


不自然に固まっていたクルーたちが、石化を解かれたように慌てて動き出す。
クルーに人気なのは洋風のメニューだが、少数派ではあるもののローと同じメニューを選ぶ者も中にはいる。コックのナマエもその少数派だ。
そもそもはナマエが気まぐれに作った彼女の故郷の食事を、ローが気に入ったのが始まりだったのだ。それ以来ハートの海賊団の朝食には、主菜副菜ともに数種類の料理が並ぶようになった。


「こんなにバラエティーに富んだ朝食が並ぶ海賊船もそうそうないだろうな」
「違いねェ。……ふわぁ〜あ、ねむ……」
「……おまえはどっかの仮面男か」


生返事をしながら大欠伸を見せるシャチと、ナマエが運んできた炊き立ての白米を上機嫌で受け取るローを横目に、ペンギンが小さく息を吐いた。

さて、今日はどんな一日になるのだろうか。きっと悪くはないだろう。



イエローサブマリンで朝食を



2013.4.14
主催企画「おはようからおやすみまで」提出

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