濡れた濃藍色の髪は水気を含んだ毛先のせいか、普段よりもぺたんと張りついてボリュームを失っていた。ぽた、ぽた。ぽたり。落ちる水滴は首へかけたタオルに吸い込まれていく。
褐色の肌と白いタオル地とのコントラストがいやに眩しいのは、見慣れたはずの男の裸に興奮する気持ちが、きっと心のどこかにあるからだろう。
「ちゃんと拭かなきゃ、風邪ひくよ?」
「フン、そんなヤワじゃねェよ」
蔦のように這うトライバル、すでに塞がったいくつかの古い傷痕――それらはうっすらとついた無駄のない筋肉を覆う、さながら装飾のようで。シャワーを浴びた男の身体から立ちのぼる湯気に溶け出すように、微かな色気を放っていた。
「ロー、来て」
ベッドに横たえていた身体を起こし、近付く影へ手を伸ばす。差し出された白い指先に軽く口づけてから、ローは波打つシーツの上へと腰を下ろした。急に体重がかかったせいで軋むスプリングの上、バランスを取りながらも膝立ちになる。
「貸して」
浴槽に浸かっていないとはいえ頭からかぶったシャワーのせいか、気だるげなローのタオルを奪うのは、決して難しいことではなかった。
まだ乾ききらない濡れ髪に鼻先を埋めると、香るのは同じシャンプーの匂い。そんな些細なことに少しだけ浮き足立った気分になって、鼻歌まじりにタオルを動かし水気を飛ばしていく。
「出来た」
あらかた乾かし終わって、感じるのは妙な達成感。四方八方に跳ねる短い髪の毛を梳くように、指を通してみた。硬そうに見えて実は柔らかい髪の感触に、ずっと触れていたいなんて思う。
「くすぐってェよ」
そう言ってくつりと笑うローの肩先が微かに揺れた。甘い密に誘われる蝶のように、目の前で緩やかな曲線を描いている肩からうなじまでの丘陵へ唇を落としていく。
「……じゃあ、これは?」
引き締まった肉と固い骨の感触をゆっくりと順に辿っていって、行き着いた先は二つ穴の並んだいつもより少しさみしい耳たぶだった。重たげにぶら下がるゴールドの輪っかは今は見当たらないから、代わりに歯を立てた。
「盛ってんのか?」
「そうだって言ったら?」
「またシャワー浴び直しだな」
「ふふ、一緒に入る?」
こちらを振り返ってニヤリと笑ったロー。同じように笑みを深くして膝の上へ移動すれば、すぐに刺青の入った腕が腰へと回される。もう一度、今度は正面から薄い耳たぶへ噛みついてみた。
輪郭をなぞるように下から上へゆっくりと舐め上げて、耳介の溝を確かめながら舌を這わす。二つ並んだ穴に尖らせた舌先をぐりぐりと押し付けて、人の身体の中で最も体温が低いといわれるその場所の柔らかさを堪能した。
唇を濡らす蜜色のまどろみtitle / 亡霊
2012.4.13