海賊 | ナノ
降り注ぐ流れ星を宝箱に集めて


眉間に寄った皺は、カウンターに頬杖をつく女の機嫌がよろしくないことを物語っていた。目の前に置かれた晴れ渡る青空のようなスカイブルーのカクテルは、どうやらまだ口をつけられていないらしい。


「飲まねェのか?」
「……飲む、けど」
「おれの航海士のために作らせたカクテルなんだがな」


隣へ腰掛けた男が口端を持ち上げてニヤリと笑う様子を横目で窺いながら、女が小さく息を吐く。今彼女の瞳に映り込む青は、普段彼女が船上で見つめ続けている"青"とはやはりどこか違う。


「船長、まだ出発しないの?」
「別に急ぐ旅じゃねェだろ」
「でももう四日目ですよ? ログはとっくに貯まってるのに…」


左腕につけたログポースの球体を指でなぞりながらボヤく彼女の意識はすでに次の新しい島へと向かっているようで。仕事を奪われ拗ねたように唇を尖らせる女の、少し珍しいその姿にローはくつくつと低く笑った。


「その分じゃ気付いてなさそうだな」
「……何がですか」
「今日はナマエ、おまえの誕生日だろ?」
「え……あ、」


一体何のことだと顔を顰めたナマエが、次の瞬間にはポカンと間の抜けた表情を浮かべる。そんな予想通りの反応にいよいよ笑いを堪えきれなくなったローが、小さく吹き出した。

かすかに肩を震わせながら破顔する様は、ナマエがはじめて見るローの表情で。熱の集まる赤い頬とどきどきうるさい心臓を静めるように、目に鮮やかなブルーを一気に呷った。


「飲み終わったら、行くぞ」
「……行くって、え? どこへ?」


日が傾き始めてから街の酒場で飲み始めた二人だったから、きっともう今頃は宵の明星が西の空で輝き始めているだろう。こんな時間から一体どこへ行くというのか……そんなナマエの疑問は「着いてからのお楽しみだ」というローの意味ありげな視線と言葉によって、見事うやむやにされた。


街を出て向かった先は、潜水艦が停泊している島の岬。ニヤニヤとこれまた意味ありげな視線を向けてくるシャチたちの様子から察するに、どうやら事の次第を知らないのは自分だけらしい、とナマエは気付く。気付いたところで、問い詰めることはもうすっかり諦めてしまっているけれど。


そしてまだ出発はしないと言っていたはずなのに、何故か二人を乗せた潜水艦はゆっくりと岬を離れていく。航海士である自分へ断りなく動き出した船に、ナマエが隣へ立つローへと怪訝な顔を向ければ。


「誕生日おめでとう、ナマエ」


ごつごつとした、でも温かい感触が頬を撫でる。ローの手のひらだ、と気付いた時にはまた新たな熱が、今度は額にそっと触れた。


「船長……」
「名前で呼べと言っただろ?」
「……ロー…ありがとう」
「礼を言うのはまだ早い」
「……?」
「やる。誕生日プレゼントだ」


手渡されたのは、リボンがかかったベルベットの細長い箱。ネックレスだろうか?それにしてはいやに軽い…と不思議に思いながら、開いた箱の中には羊皮紙に書かれた――島の地図。


「これ、は……?」


単なる島の地図でも見慣れた海図でもない。これはいわゆる宝の地図だ。だが残念ながら……というべきか、ゴールド・ロジャーのお宝でもキャプテン・ジョンのお宝でもない。これは目の前の年中隈を携えた男が、ナマエのために用意したものだということが、真新しい羊皮紙の匂いから伝わってくる。


だからこそまったく意図が掴めず目を丸くしているナマエへ、柔らかく笑ったローがいつの間にか眼前に迫った島を、親指で指し示した。薄闇に浮かぶ小さな無人島の入り口では、ランタンを提げた幾人かのクルーたちが笑って二人を出迎える。


「宝探しに行かねェか」
「……宝、さがし……ふふっ、素敵だね!」


宝探し――それはどこか海賊らしからぬ風情の、残忍冷酷な死の外科医から飛び出すにしては、いやに夢に満ち溢れたセリフ。けれど響いてみればアンマッチさはなく、ナマエの胸にストンと落ちて、まるで夜空で煌めくあの星のようにキラキラ輝いた。



降り注ぐ流れ星を宝箱に集めて



(ローって結構キザだよね)
(あ?)
(だって、宝箱の中にこんなの入れてるんだもん)
(……外すなよ)
(ふふ、もちろん!)



零れ落ちた星の欠片は、彼女の薬指を飾った



2012.4.10

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