海賊 | ナノ
渚のアダージョ


前の島を出発してから四日。ログポースが指し示したのは小さな無人島だった。獰猛な野生生物がいるわけでもなく、天候も穏やかで過ごしやすい。さらに好都合なことに、島に自生している植物はちょうど実りの時期を迎えており、食べ物に困る心配もなさそうだった。


最初は拍子抜けしたような様子のクルーたちだったが、元来切り替えの早いポジティブな面々が集まっているだけのことはある。島に降り立って数時間もした頃には、各々ログが貯まるまでの日数をのんびり過ごすことにしたらしい。

現在は日頃の冒険の合間に降って湧いた休息を、それぞれが思いきり満喫しているところだった。もちろんそれは、船長であるローも同様である。


流れ着いた流木に腰掛けたまま、寄せては返す波とじゃれ合う女の後ろ姿を愛おしむように、ただじっと見つめていた。普段はぎらついている鋭い瞳も今は姿を消し、驚くほど柔らかな光を湛えている。


「ねえロー、見て!」


砂浜に打ち上げられた貝殻を拾い上げた女が、嬉しそうに振り返る。小さな手のひらには薄ピンクのとげとげした貝殻。華奢な肩越しに弾けた女の笑顔に、息を呑んだ刹那。


「あ? ……あァ、クレナイガンゼキか」


そんな自分を気取られぬように平然を装うローの口を衝いて出たのは、いつか海洋図鑑で目にしたその貝の名前だった。はじめて聞く言葉に不思議そうに小首を傾げながら、くりくりとした黒目がちの丸い目が真っ直ぐローを見つめる。


「え? クレナイ、ガンゼキ?」


こてんと頭を横に倒し瞬きを繰り返しながら反芻する女は、実際の年齢よりもどこか幼く見えた。そんな姿にフッと頬を緩めたローが、女の名を呼ぶ。


「ナマエ」


それ以上の言葉も指示も後には続かない。ただ名前を呼ばれただけだ。けれども彼女は呼吸をするのと同じくらい当たり前のことのように、自分の名を呼んだ愛しい男のもとへと歩み寄る。


「そいつの名前だ」
「そうなんだ、ローはやっぱり物知りだね」


同じように流木に腰を下ろしてローを見上げたナマエが、にこにこと笑う。頭上から降り注ぐ陽光を受けて、ガラス玉のような瞳がきらめいた。その眩しさに目を細めたローは小さく笑んで、視線を目の前の浅瀬へ戻した。


ローを見つめていたナマエもそれに倣うように、渚を往復する白波を見遣る。互いに何も喋らない、静かだけれど不思議と心地いい空間。太陽が二人を祝福し、潮風が寄り添う二人を包み込んだ。



渚のアダージョ



2012.3.17
「Midnight Party」のミジュさんへ捧げます
※アダージョ:ゆるやかに・ゆっくりと

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