海賊 | ナノ
囚われる予感


期待の超新星トラファルガー・ローが船長を務めるハートの海賊団の船は、黄色い潜水艦だ。海賊船と言えば、マストに掲げられたジョリー・ロジャーが風を受けて大海原を航海するイメージ、のはず。


それなのに何故、海に深く潜る潜水艦なのか。それは船長がオペに集中するため、何にも邪魔されず本を読み耽るため、無駄な戦いはしない主義だから……等々、理由は多々あるが。

まぁ簡単にまとめてしまえば、トラファルガー・ローという人物は人と同じことをするのが嫌いな偏屈で、少しばかり変わった所のある人間であったということ。


そんな彼の船がここ最近とある海域に入って以降、潜水することなく海面に浮上したまま航海を続けている。そのワケは――


「ローさん見て! 美味しい蛤持ってきたよー!」
「チッ…またおまえか、この不法侵入の人魚が」
「なっ! ちゃんとペンギンさんの許可は取ってるもの!!」
「そういう問題じゃねェ。おまえはもっと警戒心ってモンを持て。そんなんじゃヒューマン・ショップで売られるのがオチだぞ」


ベポの腹にもたれ昼寝をしていたローの足元で、ピチピチと跳ねる……サーモンピンクの鱗に覆われた尾ひれ。その持ち主である人魚のナマエは、先日海王類に食べられそうになったところを助けられて以来、すっかりローに懐いてしまった。


こうして黄色の潜水艦を見かける度に船へ上がって来ては、嫌そうにするローにくっ付いて離れない。

もちろん冷たくあしらう彼がナマエの来訪を本当は嫌がっていないことなど、ペンギンやシャチをはじめとするクルー達もちゃんと心得ている。

だからこそ何日も海面に浮上したまま、ゆっくりと船を走らせる日々が続いていたのだ。


「大丈夫だよ、ローさんはそんなせこい真似しないでしょ?」
「……フン、さァな」


ローの隣へ並んだナマエがパーカーの裾を握りながら、にっこり笑って問う。

絶対的な信頼の色を滲ませながら、キラキラ光る純粋な瞳。それはまるで海面で弾ける陽光のようで……そこに映り込む仏頂面の男は、言葉を紡ごうとした唇から深い溜め息をひとつだけ零した。


そして問いかけへの明確な答えは出さぬまま、ナマエへと向けていた視線を剥がして目を瞑る。こうなってしまえば、ローの双眸が彼女を捉えることはもうない。


甲板を眩しく照らす太陽は彼の物言わぬ横顔にくっきりとした影を作り、出来過ぎた彫刻のように整った美しさを一層引き立てる。

その横顔を嬉しそうに見つめながら、見慣れた黄色と黒のパーカーの肩先へ自らの頭をそっと預けるナマエ。


――調子に乗るな、そう言って怒られるだろうか……ドキドキしながらローの様子を窺うが、身じろぎひとつしない姿に少しだけ安心してそっと睫毛を伏せた。

大きく息を吸い込めば、肺に取り込まれる大好きな匂い。太陽と潮風と、少しツンとする薬品臭、それから少しだけ苦手だった煙草の香りがナマエを包む。


"海に嫌われた"能力者であるローはナマエにとって、彼が恋い焦がれながらも一生嫌われた"海"そのものだった。深海のように深い色を湛える鋭い瞳も、彼女を惹きつけて止まない捉えどころのない性格も、何処までも広く果てしない海のようで。


「……ローさん、好きだよ」


不意に柔らかく触れた感触。続いて、瞼を持ち上げたローの耳に届いた小さな告白。

慌てて身体を起こした彼の目に飛び込んできたのは、飛沫を上げて海へと飛び込むナマエの後ろ姿。しなやかに舞う尾ひれがキラリと光って思わず目を細めた。


「ねぇ、ローさん! わたし、ローさんの為なら泡になってもいいよ」
「……っ、」
「そしたらいつかローさんが海に還った時には……ずっと一緒にいられるもの」


海面から顔を覗かせたまま、大人びた表情で微笑むナマエにローが息を呑んだ瞬間。


「だから、飽きるまでそばに置いてくれる?」


眉を下げて笑うナマエは潤んだ瞳をゆらり一度だけ揺らすと、返事を待たぬまま深い海の底へと帰って行った。


ズルズルと甲板にしゃがみ込んだローの顔は、普段の余裕に満ちた涼しげな表情とは裏腹に赤く染まっていて。物騒な刺青が刻まれた大きな左手が、その赤を隠すように口を覆う。


「……言い逃げかよ、アイツ……」


大きな溜め息とともに吐き出された文句は、誰に届くこともなくのんきに昼寝を続けるベポのイビキに掻き消されていった。


「あー……クソッ、」


いつもより少しだけ早い心音には気付かぬ振りをして、ローは大きく上下するオレンジの腹にその身を深く沈みこませる。

太陽の眩しさを遮るように顔の上に乗せられたふわふわの帽子は、未だ熱が引くことのない彼の頬をすっぽりと隠してくれた。



囚われる予感



title / hmr
2011.6.13
2013.7.24修正
「syrup」のいくみさんへ捧げます

戻る | *前 | 次#
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -