海賊 | ナノ
吸って吐いて繰り返すあやまち


入り江に隠れるように、夜の闇に紛れた潜水艦の上。月明かりを浴びて細く伸びる影が鳴らした、ギシリと軋む床板の音。微かに漂うアルコールの匂いが、静かに瞳を閉じていたナマエの意識を冴え渡らせる。


船内へと続く扉のすぐ脇、蹲るようにして膝に埋めていた顔をゆっくりと持ち上げれば。丸い月を背負った長身痩躯の影が、ニヤリと笑った。


――もちろん暗がりの中、はっきりと見えたわけではない。わずかに伝わる空気の振動が、彼女にそれを伝えたのだ。


船の手摺りに両肘をかけたまま、言葉を発しない影。しかし突き刺すような鋭さを伴う視線は、言葉よりももっと雄弁にナマエの身に訴えかけてくる。


ふらふらと引き寄せられるように、影との距離を詰めていくナマエ。腕を伸ばせば触れられる位置までやって来て、ようやくその影の正体である男――自船の長でもあるトラファルガー・ローと視線が交わった。


交差する視線はそのままに笑みを深めたローが、物言わぬナマエの顔を覗き込むように腰を屈める。


「ずっと待ってたのか?」


薄く笑いながら問いかけるローを照らす月の光は、首筋に散らばる赤い印を浮かび上がらせた。シャワーも浴びずに街からそのまま戻って来たのだろう。アルコールに混じって甘ったるい香りが鼻をつく。


「別に……そういうわけじゃ、ないです」
「へえ…自主的に見張りか? 随分と優秀なクルーだな」
「……キャプテンは、女遊びばっかり」


そこまで言うと、口を噤んだナマエが視線を剥がして俯いた。生温い潮風が二人の間をすり抜けていくと同時、沈黙は破られる。


「自分の金を好きなように使って何が悪い? それとも……」


おまえも抱いて欲しいのか?――そう言って喉を震わせながら笑うローを、眉を顰め見上げるナマエ。怒りや哀しみ、諦めの色を滲ませる苦しげな瞳に映り込んだ男は、口端を歪めて不恰好に笑った。


「ナマエ、来いよ」
「……っ、いやっ!」


掴まれた腕を振り払おうと身を捩るナマエの身体は、抵抗虚しくあっさりと囚われる。視界いっぱいに広がる黄色と黒のコントラストに、込み上げてくる何かで胸がいっぱいになった。

「……最低……」
「ああ」
「キャプテンなんて、」
「ナマエ」
「……ずるいよ」
「ああ」


纏わりつく香水も慣れ親しんだ潮の香りも、混ざり合っていくこの体温も全部ごちゃ混ぜにして飲みこむように、互いに回した腕へ力を込めた。



吸って吐いて繰り返すあやまち



こんなにも愚かで大馬鹿者なぼくを、どうか叱ってくれ。踏み外してしまわないよう、ちゃんと導いて教育してくれないか。

いつか真っ直ぐきみへと向かっていけるように。



2011.6.1
2013.7.24修正
BGM:群青日和/東京事変

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