「ほら、次は左腕だ」
無言で差し出してくるナマエの腕は見事に傷だらけで――いや、腕だけに止まらず全身傷だらけの状態で船へ戻って来た時は、正直心臓が止まるかと思った。
真っ白いつなぎに染み込んだ血は、ナマエのものだけでは無いにしろ……相当な量だ。簡単に触診しただけでも、肋骨が2〜3本は折れちまってる。
「ったく……何で一人でこんな無茶な真似したんだ」
ため息混じりに問いかけるが俯いたナマエが口を開く気配はない。きつく噛んだ下唇から、新たな血を滲ませるナマエに思わず顔をしかめた。
「チッ……これ以上血流して、失血死でもしたいのか」
じわりと赤が滲む唇に親指を当てて、強張った力をほぐすように何度か撫でてやれば、顔を上げたナマエと目が合った。
「だってあいつら、船長の悪口言ったから……」
悔しそうに顔を歪めながら小さく呟くナマエに、先ほどとは違うため息が零れる。
「バカが、だからってこんなボロボロになる奴があるか……心配しただろ?」
そう言って頭に乗せた手で、少し乱れた髪の毛を優しく撫でつけてやれば。さっきまで気丈に振る舞っていたナマエの瞳から、ポロリと涙が零れ落ちた。
「……ありがとな」
「せん、ちょ……」
呆けたようにこちらを見てくるナマエの瞳から、堰を切ったように流れ落ちる涙は止まりそうにない。
「……っ、これは、あの」
涙を見せることが恥ずかしいのか、ナマエは慌てて目元をゴシゴシと擦るが……その手を捕まえてジッと瞳を覗き込む。
「擦るな、腫れるだろ」
目尻に溜まった涙を親指の腹でそっと拭ってやれば、居心地悪そうにナマエが目を逸らした。
「なぁナマエ、涙が液体なのは何故だと思う」
「……へ? 何でって……」
「もし涙が固体なら、おまえが泣いた痕がずっと残っちまう。かと言って気体なら、おまえが泣いてることに気付いてやれないかもしれねェ」
意地っ張りで強がりなおまえは、自分が泣いたことを誰にも知られたくなくって必死にその痕跡を隠そうとするだろう。
眉を寄せて難しそうな顔をするナマエがひどく愛おしくて、頭を軽く撫でてやってからもう一度頬に手を伸ばす。
「けど液体なら、こうやって拭ってやれるだろ?」
少ししょっぱいナマエの目尻に唇を当ててやれば、また涙が溢れ出した。
「……うぅ……せ、船長っ……」
「おれの前でならいくらでも泣けばいい。ちゃんと気付いてやるから」
だからおまえはそのまま真っ直ぐ歩いて行けばいいんだ、胸を張って。
何を恥じることがある。そうだろ?おまえはおまえのまんまで、十分魅力的なんだから。
2010.6.28
2013.7.21修正
BGM:Paint Pain/SXC