塗りたくった白粉と浴びるようにふった香水。そんな安っぽい香りに混じる、アルコールのひどい臭い。もうさっきから美味しそうに盛られたフルーツを見ても、胸がムカムカして吐きそう。
それもこれも全部、隣で偉そうに踏ん反り返るバカ船長のせいなんだから。
「ナマエ、グラスが空いてんぞ」
「そちらのお姉様に注いでもらえばいいんじゃないですか?」
「くくく、随分冷てェじゃねーか」
喉の奥を震わせて低く笑う船長の刺青だらけの両腕は、だらしなくソファの背凭れに置かれていて。左手はがっしりとわたしの左肩を掴んでるもんだから、席を立とうにもそれは叶わない。
そのくせ右手の指先では、隣に座るこのお店のナンバーワンであろう綺麗なお姉さんの巻き髪を、悪戯に弄っている。
「……別に、っていうかわたしがここに居る意味無いですよね? 帰っていいですか」
「却下」
「……っ」
これでもか!という位にわざと作った不機嫌顔で、差し出したわたしの言葉をバッサリ切り捨てる船長が、すごく憎い。まさに可愛さ余って何とやらだ。いや、もともとこの人に可愛げなんて微塵も有りはしないけど。
わたしの気持ちを知っていて、わざとこうした酒場に連れて来ては隣に女の人を侍らすなんて、本当に酷い人だと思う。それなのに、この肩に触れる手を振り解けないわたしは、なんて馬鹿な女なんだろう。
船上の生活では指先すら触れることのない、船長といちクルーとの距離が……陸に上がった時だけは、こんなにも近い。
だから、触れ合った場所から途端に混じり合う体温に、つい甘んじてしまうのだ。こんな態度が、余計に男の意地悪を増長させるだけだと分かっていても。
「……も、ほんっと……サイテー…」
「へェ、おまえの中の"最も"になれるなんて光栄だなァ? ナマエ」
「船長なんて……きらいです」
「フフ…んなこと言っていいのか?」
「……いいも、悪いも…そう思ってます、から……」
顎下に回された左手の――DEATH、などと物騒な単語が刻まれている無骨な指先が、怖いくらいにそっと柔らかく触れてくる。
精一杯の強がりを紡ぐ唇。その微かな震えが、指先を通して伝わってしまうんじゃないかと、気が気ではないわたしを嘲笑うように聞こえてきたのは……
「そりゃ残念だな。おれは、」
おれのことが好きで堪らねェってツラしてるおまえのことが、好きなんだがな――無防備な右耳へ吐息とともに差し込まれたその言葉に、ぐらりと目の前が歪んだ。
愛を誓え、さらば与えられんほら、またそんな思わせぶりな言葉でわたしを捕らえて離さないあなたは――本当に意地が悪い。
2011.3.5
「欠陥品」の幸さんへ捧げます