ローの定位置だった部屋のソファ。二つ並んだ色違いのクッションはもうすっかりくたびれていて。何度も洗濯してるからカバーも色褪せちゃってる。ソファに寝転んで本を読むローの所為で、クッションの真ん中だけやたら窪んでるのが何故か可笑しかった。
その窪みに頬を寄せるように寝転んでみたけれど、わたしにはローが見ていた景色なんてちっとも分かりやしない。
ぼんやりとした視界にテーブルの上へ置かれたままの煙草の箱が目に入る。肌身離さずいつもジーンズのポケットへ入れられていたソレは、少しひしゃげていて。そっと手を伸ばして中を覗けば、白いフィルターに包まれた煙草が一本だけ残っていた。
ガランとした部屋に唯一残ったローの残骸を口に咥える。マッチを擦って火を点ければ、鼻先をツンと刺激する独特の匂い。それは頭を撫でられた時、抱きしめられた時、キスをした時、いつもわたしを包んでいたローの匂いだった。
ローの仕草をなぞるように、震える唇からフィルターを離せば。細く吐き出された白い煙が目に染みて、見慣れたはずの部屋が滲んで歪む。
開けっ放しのカーテンの隙間から差し込む月明かりだけじゃ、この暗い部屋を照らすことは出来ないけれど。頬を伝う冷たい涙を拭ってくれる指先は、今はもう此処には無いから丁度いい。
おまえを海へは連れて行かない――最後の夜に言った、ローの言葉を思い出す。
ぎゅっと強く拳を握りながら小さく続いた"おれはまだ弱ェから"という言葉は聞こえないフリして、いやいやと頭を振って駄々をこねた。そんなわたしの背を嗜めるように摩るローが正しかった、だなんて本当は分かってる。
ねぇロー。例えばわたしがとびきりの航海術を持っていたり、遠く離れた的も狙えちゃうくらいの狙撃の腕の持ち主だったり、あなたと離れ離れになったくらいでこんなにもダメになっちゃわないくらい――もっともっともっと、強ければ。
わたしは今もローと一緒に居られたのかな。
あなたの大好きな青い海を一緒に渡ることが出来たのかな。
お願いロー。こんな情けないわたしのこと、どうか嫌いにならないで。
どうか思い出の中だけででも、あなたと笑っていたいのです。
えいえんのわかれなら
きっときれいだったしこんなにのぞまなかったlast title / にやり
2011.2.19
2013.7.24修正
「キスからでまかせ」のキイさんへ捧げます