初めてのカメラは祖父から譲り受けた、古い型の一眼レフ。フィルムに焼き付けたのは、家族の笑顔や近所に住む友達が泥だらけで野山を駆け回る姿だった。
楽しい気持ち、嬉しい気持ち、わくわくする気持ちを切り取ってくれるカメラにすぐ夢中になった。だって思い出を形として残せるなんて、最高じゃないか。
だから幼い頃のわたしのカメラには、色んな人の笑顔が沢山詰まってた。
そんなわたしの価値観を大きく変える衝撃の出会いは、故郷の島を出る二年前。ニュース・クーが運んできた海賊の手配書を何の気なしに眺めている時だった。
それは砂埃の中で不敵な笑みを浮かべる無法者だったり、血だらけになりながらも真っ直ぐな瞳でカメラを射抜く者だったりと様々で。けれど、いずれも死と背中合わせの中で見せる力強さが滲み出る写真だった。
図らずもそれらは今まで自分が撮ったことのない、足を踏み入れたことのない世界だった。
――わたしもこんな写真を撮ってみたい、あるのはただそんな想いだけ。
この職業を志すには不純な動機かもしれない。けれどもそんな想いだけで、わたしは海軍カメラマンになった。
*****
「よォ、またおまえか」
「げ、バレたか……」
「バレバレだ、よくそんなんで今まで海賊に殺されなかったな」
「別にわたしは捕まえたくてやってるわけじゃないもん。ただ海賊さんをこのフィルムに焼き付けたいだけ」
今のわたしのターゲットは、この北の海で最近頭角を現してきた海賊トラファルガー・ロー。奇術のような妙な能力を使う、要注意人物だ。
本部から写真はまだかと急かされるけど、このトラファルガーなかなか用心深い奴らしく。気配を殺してシャッターチャンスを狙うわたしをことごとく返り討ちに遭わせてくれる。
と言っても、別に酷いことをされるわけじゃなくて。ただちょっと馬鹿にされて鼻で笑いながらあしらわれる、それだけ。って、あれ?もしかしてこれ、腹立ててもいいトコかな。
「あァそうだ。これからメシ食いに行くんだが、おまえも来るか?」
「えっ、もしかしてトラファルガーの奢り?」
「フフ…いいぜ? 今日は敵船から奪った宝で儲けたところだからな」
「やったー! 最近金欠でさぁ、食費切り詰めてたんだー」
「……おまえ、ほんと自由人だよな。海軍のくせに」
呆れたようなトラファルガーの声が隣から聞こえてきたが、気にせずランチタイムの酒場を目指して歩いた。
後ろでは刀を抱える二足歩行の白熊くんが「ナマエって変なヤツだもんなー」なんて言ってくる。いや、喋るクマに言われたくないから。
「ほらふぁるがーもはっぱり、」
「喋るか食うか、どっちかにしろ」
「はいナマエ、お水」
「んぐっ、ん……ありがと白熊くん!」
気の利く白熊からコップを受け取り口の中の食べ物を水で流し込みながら、あらためてトラファルガーに向き直る。
「トラファルガーもやっぱりグランドラインに出るんでしょう?」
「あ? 当たり前だろうが。今更どうした」
「いや、だってアンタの写真撮れないまんまグランドラインに行かれちゃ、何か悔しいじゃん?」
そう、あくまで海軍に属するわたしには、役割や持ち場が正確に決められている。規律を逸脱することは許されないのだ。よってトラファルガーの写真を撮るチャンスは、ヤツがこの北の海を出るまで。
「アンタの初めての手配書、絶対わたしが撮りたいんだもん……」
へーとか、ほーとか、興味なさそうにわたしの話を聞きながら、トラファルガーはわたしの大事な大事な一眼レフを手のひらに乗せてゴソゴソ弄くり回している。ちょ、壊したらぶん殴る……!
――パシャ、
「なっ! いきなりやめてよ! てかネガがもったいないでしょ!」
「ケチケチすんな」
「するわ! もう返してよー!」
「おれの船に乗るなら返してやるよ」
「はぁああ?」
トラファルガーが何をしたいのかさっぱり分からない。思いきり顔を顰めながら、浮かんだクエスチョンマークを投げ返せば。
「おれならおまえに今よりもっとすげェ写真を撮らせてやれる」
「……は、…え?」
「一緒に来い、ナマエ」
迫力ある戦闘の写真だって、仲間と笑いあう写真だって、おれの船に乗れば撮り放題だ――そう言って、すべてを見透かしたようにニヤリと笑うトラファルガー。
その自信に満ちた笑みをこれから先もフィルムに焼き付けたい、と思ってしまった。
置き土産は彼のニヒルな笑顔辞表と一緒に上司に提出したのは、初めて撮れたトラファルガーの写真。
お父さんお母さん、親不孝な娘でごめんなさい。今日からわたし、海賊専属カメラマンに転職します。
2011.2.17
「Midnight Party」のミジュさんへ捧げます