「キャプテン……吹雪、止みそうにないですね」
「あ? そうだな。もう日も暮れちまったし、このまま朝まで待つしかねェな」
ガタガタと木枠にはめ込まれたガラスが震える。簡素な山小屋は叩きつける勢いの吹雪に、そのまま吹き飛ばされてしまうのではないかと心配になるほど。
しかしながら不安げに外の様子を窺うナマエとは打って変わって、暖炉の薪に火をくべるローは至って冷静だった。
「おいナマエ、こっち来い。んな端っこ居たら寒ィだろ」
「え、あ、はい。キャプテン、ごめんなさい……わたしのせいでみんなとはぐれちゃって」
「気にするな。あいつ等もバカじゃねェ、万全の準備をしてから明日にでも探しに来るだろ」
「うん……」
何故クルーの一人であるナマエと船長のローが、たった二人だけで雪に埋もれかけた山小屋に取り残されているのか――ことの発端は数時間前に遡る。
久しぶりの上陸はクルーの大半の出身地によく似た、雪深い冬島だった。人の住む気配はかろうじてするものの、見渡す限り真っ白な雪・雪・雪の銀世界。
食料を調達できる店があるならば……と先発隊としてペンギンとシャチ、航海続きで鈍った身体を動かす為に船長のロー、そのお供にベポ、単なる好奇心でナマエがそれぞれ船を下りたのだった。
このメンバーで唯一の南の海出身のナマエ。島の探索中、珍しい雪景色に興味津々で駆け回るうち、目を離した隙に山中へ迷い込んでしまったのだ。
すぐに気付いたローが後を追ったものの、勢いを増した吹雪に行く手を塞がれ立ち往生している……というのが現状である。
二人ともコートやマフラーといった防寒具は身に着けているものの、山で一夜を明かすつもりなど一切ない軽装は一歩間違えれば命にかかわった。使われていない猟師用の山小屋を見つけられたことだけでも、随分とラッキーだっただろう。
「……お邪魔、します」
燃え上る炎に手をかざすローの隣へ、ちょこんと腰を下ろすナマエ。あえて一人分空けて座るのは、二人きりになることに慣れていない初心な彼女ならではだろうか。
何にせよその微妙すぎる空間は、ローの形良い眉を歪ませる立派な要因となったわけだが。
「……おい」
「え?」
「手、貸せ」
「え、あの……えっ? わぁっ!」
何故か急に不機嫌そうになったローの姿に、ナマエがきょとんと瞳を丸くさせていると。やや強引ともとれる力強さで、ローがナマエの右手を掴んで引き寄せた。
「……っ!」
「やっぱ冷えてんじゃねェか」
冷たくなったナマエの指先を握って、そのままコートのポケットへ突っ込むロー。そんな彼の様子に挙動不審に視線を彷徨わせながら、顔を赤らめるナマエ。
パチパチと火がはぜる音が響くこの山小屋だけが世界中から切り離されてしまったんじゃないだろうか……そんな錯覚さえしてしまうほどにナマエの意識はローと繋がる右手だけに集中していた。
早鐘を打つよな自分の心臓の音がこの繋がれた手を通してローに伝わってしまったらどうしよう、恥ずかしい、そんなことばかり考えてしまい気が気ではない。
だから不意に落ちた影に気付くのに後れを取ってしまったのも仕方がなかったのかもしれない。
「何も取って食やしねェよ」
「きゃ、ぷ……っ!」
顔を上げた視界いっぱいを埋めるローの整った顔。未だかつてない程の至近距離でぶつかり合う視線に、耐えきれずナマエが睫毛を震わせる。
――と、その瞬間。少しだけカサついたローの唇が彼女の鼻先を悪戯に掠め、その呼吸を奪った。
「だが、そこまで意識されちゃ逆に食っちまいたくなるだろ?」
小さく鳴ったリップ音の後に続いたのは、意地悪な言葉と少し速めの心音。
押し付けられた胸板から伝わる鼓動に、赤く染まったナマエの頬は照れ臭そうにふにゃりと緩んだ。
そして氷点下は沸騰した(キャプテン、好き……)
(……バカ、襲われてェのかよ)
(……すー……すー)
(……! おい、寝るな! 死にてェのか!)
title / にやり
2011.01.25
「LOVESICKxxx」の冬子さんへ捧げます