※ローとベポの過去捏造「まぁ、さすがトラファルガー先生の所のお坊ちゃまね!」
「うちの子も少しはロー君を見習ってお勉強してくれればいいんだけど」
「おいロー! 勉強虫はこっち来んなよなー!」
「そうだぞ、おまえと一緒にいると母ちゃんに比べられんだからな!」町でたった一つの大病院の院長の一人息子――それが生まれながらにして背負わされた、ありがた迷惑なおれの肩書き。
道を歩けば、うるさいババァに声をかけられて。公園に行けば、鼻を垂らした近所のガキ共に目の敵にされて。
……フン、別におまえらなんかに相手にされなくても痛くもかゆくもねェ。しょーもないヒーローごっこも興味ねェ。あんなのはギゼンだ。……正義の味方なんてのは、いねェんだから。
そんなのよりこの本に載ってる海賊のほうが、ずっと自由でカッコいいんだ。
*****
文字なんて読めない頃からのローのお気に入りの絵本は、もうすっかりボロボロで。その年齢に不釣り合いな分厚い医学書と一緒に、いつも肌身離さずお守りのように小脇に抱えられていた。
そして今日もローは一人、道端の小石をコツンコツンと蹴りながら町外れの森へ向かう。同年代の子供なら気味悪がって近寄らない森も、ローにとっては誰にも邪魔されない静かな時を過ごせる格好の隠れ家だった。
森へ来る途中に買ったパンを齧りながら、新しく手に入れた医学書に没頭するロー。目は紙面を追ったまま、パンの入った紙袋へ手を伸ばすと……モサッとした感触の何かに触れる。
驚いて手元を見やれば、ふわふわの毛並みに覆われた真っ白な獣の手が、ローの視界に飛び込んできた。
「なっ……!」
「……!」
しまった、というようなばつの悪い表情を浮かべる、妙に人間くさい雰囲気の白熊とバチッと目が合う。森の中に熊、という状況だけでもそれなりに驚くが……何故かここにいるのは、小さな白熊だった。
たしか白熊ってのは寒冷地で暮らす生き物じゃなかったか?
余所から持ち込まれて、ここへ捨てられてしまったんだろうか。
おいその手に握ってるのは、おれが今から食おうとしたクロワッサンじゃねェか。
こんなにも奇妙な状況だというのに、ローはやけに冷静に目の前の白熊を観察していた。熊と言えども、まだ子供なんだろう。仔犬程度の大きさのモフッとしたその塊に、不思議と恐怖心は湧かない。
少しだけ怯えたように上目遣いでこちらを窺いながらも、手に握ったパンはしっかりと離さない仔熊。間抜けに開いた口からは小さな牙が覗いており、陽の光を受けてキラッと光った。
一瞬、躊躇はしたものの恐る恐る白い毛並みを撫でてやれば、ふわふわと柔らかな感触が心地いい。
「何だよおまえ、こんな所で何してんだ」
返事なんて返ってこないことを承知で、わしゃわしゃと白熊の頭を撫でながら問いかけるロー。いや、問いかけると言うよりも独り言に近かったのかもしれない。
同年代の子供と遊ぶこともなく、忙しい両親は家にはほとんど帰ってこない。たまの会話と言えば、家政婦と交わす極めて事務的なやり取りくらい。そんな当たり前の暮らしの中で、ローは久しぶりの話し相手を見つけた気分だった。
――ぐぅううぅううりゅるる…
「……腹減ってんのか。食えよ、そのパン」
愛らしい外見に似合わず、地響きのような腹の音を鳴らす白熊。紙袋を破って、中のパンが取り出しやすいように仔熊に向け、そう言ってやれば。人の言葉が分かるかのように、はぐはぐとパンを咀嚼し始める。
両手でパンを持ち口にはこぶ様はさながら人間の子供のようで、不思議に感じながらもローはじっと白熊の食事を観察していた。そして仔熊は、見る見る間に袋に入っていたパンをぺろりと食べ尽くす。
ローがその口端に付いたパンくずを取ってやると、くすぐったそうに顔を擦りながら白熊がポツリと呟いた。
「……ありがとう」
「……」
「? あの……あり、がとう」
「っ! な、おまッ、しゃべ……!!」
何と驚いたことに妙に人間くさい仕草を見せる白熊は、人の言葉も話せるようだった。普段は年齢以上の落ち着きを見せるローも、これには冷静さを保つことが出来ない。
言葉にならぬ声を漏らしながら、驚嘆と畏敬の混じった視線を白熊に向ければ。ズーンと影を背負うように落ち込んだ白熊が、ごめんなさいと小さく謝った。
恐々と抱き上げた仔熊の身体を、目の前に持ってきてじっと見つめるロー。濁りのないつぶらな瞳は、怯えながらも真っ直ぐにローを射抜く。
「おまえ、人間の言葉が喋れるから捨てられたのか」
「……わかんない」
申し訳なさそうな困ったような……そんな表情を浮かべる白熊の手が、そっと抱き上げるローの手に触れる。触れ合う部分から確かに伝わってくる温もりに、何故だか分からないがローは胸がいっぱいになった。
「ひとりぼっちなら、おれと一緒に来るか?」
「!!……あいっ!」
「フフ…はい、だろ?」
「?……あいあい!」
「おい全然分かってねーじゃねェか、フフ」
嬉しそうにはにかんだ小さな白熊が、可笑しそうに笑うローの鼻先をぺろっと舐めた。
「バーカ、くすぐってェだろ!」
声を上げて無邪気に笑う少年は、大切そうに腕の中の温もりをそっと抱きしめた。
ぼくのひとりぼっちを食べてくれるくま( もうひとりなんかじゃないよ ずっと、ずっと一緒だからね )拾われた白熊が"ベポ"と名付けられ、ローと共に広い広い海へと飛び出すのは……それから数年後のお話。
Happy Birthday BEPO !!
title / にやり
2010.11.20
2013.7.24修正