何でこんな事になってしまったんだろう、と冷静に頭を抱えてみてもその答えは見つからない。
何故ならその答えに辿り着く前に、思考が中断させられるから。……そう、この身体に巻き付く刺青だらけの腕によって。
「ローどうしたの? なんか今日、変だよ?」
「……んー」
外は雨。次の島が近いせいで潜水せずに海上を進む、いつもより揺れの大きい船内。その一番奥、船長室のベッドの上。後ろからすっぽり包み込む形でローに抱きしめられてから、既に一時間が経とうとしていた。
たまに首筋や耳の後ろに唇が落とされて、少しくすぐったい。でも後はただ抱きしめられるだけで、特にそれ以上の行為に至るわけじゃない。
……何かおかしい、いつものローならこうやってベッドの上に二人でいればすぐに押し倒してくるのに。
「ロー、そろそろ離して? 夕飯の手伝いしてこなくちゃ」
お腹にぐるりと回された腕にそっと手を置いて声をかけると、無言でぎゅっと強まる拘束。
こうやって大好きなローと触れ合っていられるのは嬉しい。けど普段の様子と違うローに戸惑うばかりで、素直に喜べないのも確か。
せめて彼が、こんな態度を取る理由だけでも教えてくれればいいんだけど――小さくため息を吐くと、ピクリと動いたローがやっと口を開いた。
「……おれとこうしてるのはイヤなのか?」
普段の彼からは想像も出来ないほど弱々しく呟かれた言葉に、一瞬固まる。何とかローと向き合おうと、固い腕の拘束の中で身を捩ってみた。
先ほどまでの体勢も、きっとその表情を見られたくないが為だったんだろう。すぐに顔をわたしの首筋に埋めて隠そうとするローより一瞬早く、その頬を両手で挟み込む。
「そんなこと、いつわたしが言った?」
「……」
無言で目を逸らすロー。都合が悪くなるといつも黙り込むロー。でもわたしは知ってるんだよ?伝えたいことが無いわけじゃない。自分の気持ちを上手く言葉に出来ないだけなんだよね?
その歯がゆさを一番感じているのは、ロー自身だっていうことも。
「……わたし、何かローを不安にさせるようなことした?」
頬から手を離し、ぎゅうっと抱きつきながら問いかける。この三十六度の熱を分け合うように、伝わるように。――ねえ、あなたの抱える不安なんて溶かしてしまおうよ。
ローの腕が背中に回って、ぎゅっと強く抱きしめ返される。ほらね、後ろから抱きしめる時よりも、こうやって抱きしめ合う方が安心出来るでしょう?
どのくらいの間そうしていたのか、不意にローが口を開いた。
「夢を見た。ナマエが、おれの前からいなくなる夢」
「……わたしはいなくならないよ」
「夢の中で、あぁこんな馬鹿げたことは夢だって気付くんだ。でも目覚めるとナマエがやっぱりいなくて、でもそれも夢で……」
「これは、夢なんかじゃないよ」
そう言ってそっと唇を合わせると、確かにある柔らかい感触とわずかな熱。
「……どこにも行くな」
「うん」
「このまま……こうしてろ」
「うん」
部屋の外ではまだ雨が降り続いているのだろう。お互いの存在を確かめ合うように抱き合いながら、静かにその音を聞いていた。
2010.5.1
2013.7.21修正