海賊 | ナノ
シエスタの時間


うちの船長は、ふわふわした柔らかな手触りのものが好きだ。

王下七武海の一人であり、巷では最悪の世代だの残忍な海賊だのと、いろいろ言われてもいるけれど。そんな噂に違わない悪そうな顔に似合わず、じつは自分の身につける衣服や服飾品の肌触りには一家言ある。

引き連れている白熊のベポにも言えることだが、とにかくもふもふしたものに囲まれていないとイヤらしい。愛用の帽子に始まり、刀の鍔、それから最近仕立てたばかりの上着の襟元にあしらわれた、ふわふわの装飾も記憶に新しい。


そしてその徹底したこだわりは、時にわたしたちクルーの悩みの種にもなってしまう。――そう、今まさにわたしはそんな船長のこだわり故に、些細な失態から五体不満足の状態で甲板に転がっていた。

いや、転がっているというとどこか自由気ままにゴロゴロしているようで、少し語弊がある。どちらかというと、罰として無造作に放り出されている、と言ったほうがしっくりくるかもしれない。……うん、何だか切ない。


「なにもここまで細切れにしなくてもいいのに……」


そこかしこに散らばった自らの手足を見渡しながら、大きく息を吐き出した。よかれと思って、お気に入りらしい船長の上着を洗濯したわたしがバカだった。いや、百歩譲って洗うこと自体は、問題なかった……はず。

シャチたち他のクルーのつなぎを洗う要領で、ごしごしと石鹸で擦り洗いしてしまったのが、最大にして唯一の失敗だったように思う。冷静に分析したところで、今となっては後の祭りだけど。


「あの首周りのふわふわ、栄養失調の野良猫ばりにごわごわした手触りになっちゃってたもんなー」


言いながら、船長への申し訳なさがじわじわと湧き上ってくる。謝りながらあの上着を差し出したときの船長の愕然とした表情、きっとこれから先も忘れられそうにない。目を見開いて凝視してくるだけじゃなくて、肩先もちょっと震えてたもん。そりゃシャンブルズも甘んじて受け止めますとも。


「いやーでもさっきのプルプルしてる船長、ちょっとかわいかったなぁ」
「……そうか。まったく反省してねェらしいな、ナマエ」
「いやいやそんな、って……え? えええ!?」
「うるせェ、喚くな」


目の前に大きく広がる青い空、青い海。そして甲板に散らばる、自らの分身たち。それらに向かっての独り言だったはずが、まさかの一番聞かれてはまずい人物の相槌が、律儀に返ってくる事態に脳内はプチパニックである。


「ちょっ、待っ……いつから、船長、え? え??」
「細切れで物足りねェなら、ミンチにしてやろうか」
「いやっ、ちが……うぎゃっ、痛ッ!」


痛い痛い痛い。船長、尖った革靴の先っぽがわたしの鳩尾に、めりめりぐりぐり食い込んできます。しかも若干体重かけ気味とか、鬼ですか。

ちょっとえずきそうになりながらも、わたしを見下ろしてくる船長を見上げて、涙目で必死の懇願。お願いしますから、その長いおみ足をどうか下ろしてくださいませんか。


「……フン、くだらねェことばっかり言ってんじゃねェ」


そう言って鼻を鳴らした船長は、呆れ返ったような冷ややかな視線とともに大きくため息を吐くと、刺青の入った指先を指揮でもとるかのように軽やかに動かした。

わたしの悲痛な心の叫びが通じたのか、いつの間にか船長が能力で呼び出していたサークルの中で、細切れになっていたはずのわたしの手足があるべき場所へと戻っていく。

そしてサークルが消えると同時、わたしの手足の動きと脳が送る運動指示が、しっかり直結する感覚を取り戻した。


「……やっぱり手足があるって素晴らしいですね」
「さっきだってあっただろ、その辺に」
「言い方、雑……!」
「うるせェ。こっちは昨日徹夜で寝足りねェんだ、ちょっと膝貸せ」
「えええ、せっかく手足が戻ってきたのに、それじゃ動けないじゃないですかー」
「何のために元に戻してやったと思ってんだ」
「膝枕のためだったのか……!」
「いいから寝るぞ、ほら」


強引な物言いとは裏腹に、ふわりとわたしの膝の上へ頭をのせた船長は、脱いだ帽子を日差し避け代わりに顔の上へと置いた。ふわふわの帽子に遮られてその表情を確かめることはできないけれど、わたしの膝の上でくったりと脱力していく体の重さが、どこか心地いい。

海賊船でこんなことを考えるのはおかしいかもしれないけれど、ああ、平和だなぁ……なんて。


頬を撫でる気持ちのいい海風と、ぽかぽかとした陽気が眠気を誘う。猫っ毛の跳ねた毛先に指を絡めながら、見上げた青空にはベポにそっくりの丸くて白い雲が浮かんでいた。

誘われるままにあくびを一つ、ほんのひとときのシエスタをゆっくり味わおうと、わたしもゆっくりと瞼を下ろした。



シエスタの時間



2013.7.23
「mokmok」のコロモさんへ捧げます

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