金平糖


 仕事が思いの外早く終わり,新しく導入されたアーケードゲームがあるのを思い出しゲーセンへ。
 思いの外期待外れだったな,などと自分のプレイミスを棚にあげケチをつけた。帰ったらゲームをしよう。うん,そうしよう。
 ゲームもそこそこに今は我が家へ帰る途中。
 後はマンションのエレベーターのボタンを押して,エレベーターが来るのを待ち,エレベーターに乗って5階まで行けば,降りて突き当たりを右に曲がって,鍵穴に鍵を挿して右に捻り抜き,ドアノブを回せば。
 我が家に到着である。
 心の中でただいまを言う。

「おかえりー」

 先に言っておく。俺は一人暮らし絶賛真っ最中だ。本来返事など返ってくるはずがないのだ。
 恐る恐る声のする方へ向かう。俺の部屋からだ。聞こえちゃいけない的なサムジングは御免被る。

 ドアを開けるとそこには,人間が居た。
 正しくは,人間が俺の布団にくるまりゲームをしていた。
 さらに厳密に言えば,顔見知った奴が,今朝干したばかりのふわふわふかふかのタオルケットを肩からくるまり,今日帰って来てから食べようと思っていたポテチを貪って,俺の中では完全なる積みゲーと化していたゲームをやっていた。

「おい! 菓子食った手でコントローラーに触るなって! 後が大変だって何回言わせる気だ!」

 奴からコントローラーを取り上げ,箱ティッシュを顔面にシュートしてやった。
 ティッシュを数枚取り出し,コントローラを拭く。ついでに不本意だが奴の手も綺麗に拭いてやる。

「おい! 菓子はゴミ箱を持って食うか,もう食うなって何回言わせる気だ! あーもー! カーペットの目に詰まってるじゃねぇか」

 世話しなくゴロゴロでカーペットをゴロゴロする。汚れた一枚を剥がして,綺麗に脱皮したゴロゴロで奴の口の周りに付いている食べカスをゴロゴロする。今日もゴロゴロ様は健在である。

 掃除が一段落するとソファーに鎮座する。

「おかえり」
「ただいま」

 喋ると喉が渇いていることに気づき,飲み物を取りにキッチンへ向かうことにした。
 グラスを二つ取り出し氷を3つほど入れ,冷えた麦茶を注ぐ。一気に飲み干すと,思っていた以上に喉が渇いていたことに気付いた。
 もう一度注ぎなおし,二つのグラスを自室へ運ぶ。

「ほい」
 奴はどうやら水分補給よりゲームの方が大事らしく,返事をしないのでテーブルに置いた。
 やることが無くなると急に暇が顔を出す。お願いだから顔を出さないで下さい。
 本来やるはずだったゲーム機を誰かさんに独占され,愈手持ち無沙汰だ。
 仕方ないので奴のゲームプレイを見ることにしよう。

「……」
「……」
「……」
「……」

 しかし雑である。村の人物に何故話しかけない。
 お前はシャイボーイか! その歳で人見知りか!
 おい,犬に話しかけてどうする! ほーら吠えられた。何でもう一回話しかけた! もう一回話しかければボス戦のヒントを教えてくれるとでも思ったか。精々教えてくれてもここほれわんわんと薬草の在り処とかだって。
 あ,そのレベルでボス挑んじゃうの? お前馬鹿だろ。そんなレベルでボスが殺られるわけねぇだろ。ボス嘗めんなよ。
 はぐれメタルの経験値がなんで高いのかって? そりゃあ……。
 あーあ。ほら死んだ。ほら死んだ。あーあ。

 奴はゲーム機の電源を乱雑にぶち切った。八つ当たりも甚だしい。ゲーム機が壊れるだろ。

「……」
「……」
「……」
「……」

 やるとこもなくなり時計を確認するとそろそろ晩飯の時間だ。
 重たい腰を上げ,台所へ立つと奴も付いてきた。

「野菜室から人参取って」
「今日何?」

 できるだけ小さな人参を抜粋された。

「愛情たっぷり手作りカレー」
「……人参は少な目にね」

 お前は小学生かっつーの。
 奴のお望みどおり人参を多めに入れといた。

 炊きたてほやほやの白米に出来たてほやほやのカレーをかけてテーブルに運ぶ。テーブルは言われる前に奴が片付けてくれていた模様。意外と気が利く。

「へい,おまちど」
「おい。これ……」

 人参たっぷりカレーを見るや否や怪訝な顔をする。

「お残しは許しまへんで!」
「……いただきます」

 ぶつぶつと俺の料理にケチをつけながらも完食する。偉いぞ,坊主。

 食器の片付けもそこそこに思わず食べ過ぎてしまった所為で苦しい体を休める為にソファーに座ってテレビを付けた。『和風総資産』という昔ながらの日本を紹介していく日本人向けなのか在日している人向けなのか良く分からない番組で金平糖工場の特集をやっていた。このご時世に金平糖,ね。
 特に目を引く内容ではなかったが,何の気なしにテレビを眺める。

「……」
「……」
「……」
「……」

「……」
「……」
「……」
「……」

 しかし沈黙である。
 俺らの間に会話はあってないようなものだ。しかし,はっきり口にするのは悔しい気もするが,けして嫌な間なんかじゃない。
 こいつはたまにこうして俺の家に突然表れる。別に追い出す気も無いし,追い返すつもりも別に無い。
 何となくこいつと一緒にいて,何となく過ごしてきた人生。こういうのもありかなって思えてくる,悔しいけど。

「……」

 あぁ、今日はもう疲れた。
 意識が薄れゆく中ぼんやり考えるのは。
 あ,テレビ付けっぱなしだった。まぁ,いっか。起きてから消そう。

 おやすみ。

「おやすみ」


 その夜夢を見た。
 それも随分と懐かしい,自分でもすっかりと忘れていた子供の頃の思い出。
 あいつと二人,金平糖工場へこっそり忍び込んだ時の。
 家の近所には小さな古くさい金平糖工場があった。工場名は剥げかけてて読めないくらいボロボロだ。
 その日何に感化されたのか急にあいつが金平糖工場へ行こうと持ちかけた。俺は断る理由も特になく,何となく付いていった。
 抜き足差し足。こっそりと忍び込む。中は暑く,額から垂れてくる汗を袖で拭いながら。
 ある程度進むと物陰に隠れて,金平糖作りを盗み見ることに成功した。
 俺はその時初めて金平糖の製作現場を目の当たりにした。おっさんが白い服着て,汗水滴ながら大きな大きな金平糖の鍋を混ぜていた。金平糖はまだ小さく,きらきらした白色だった。
 その後は,金平糖の様子を見にきた工場の親父に見つかった。二人してこっぴどく怒られて泣いていた。そんな俺達を見かねた金平糖を混ぜていた親父が,俺達に金平糖をくれた。
 スーパーなんかで売ってるポチ袋ほどの小さな透明のビニール袋にしこたま詰めてくれた。
 貰った金平糖を食いながらとぼとぼ亀が歩くような速さで帰った。
 俺は透明のビニール越しに金平糖を眺めた。先程見た白色の金平糖より数倍大きかった。色の種類も沢山あった。
 桃,緑,黄,橙,青,紫。そしてきらきの白。
 前を歩いていたあいつが誇らしげに金平糖を食ってるのを見てついイラッときたので,白の金平糖をあいつの頭めがけて投げつけた。

 そこで目が覚めた。

「……」

 あの後どうしたんだっけ。
 覚醒しきれていない頭を起こそうと布団を出る。
 あれ,ここソファーじゃん。ちゃんと布団着てる……。そういやテレビも消えてる。
 頭をボリボリとかいて立ち上がり水を飲みに行く。
 今日は仕事は休み。
 よし,買い物にでも行くか。
 はたして近所のボロスーパーに売っているかね。


 あぁ,そうだ思い出した。
 あの後俺の投げた金平糖はあいつの頭に直撃し,髪の毛に挟まって。

 ……落ちた。


2012/5/2