▼ 抱えたバトンを渡せずに




 ___いちについてよーいどんで其々がスタート切った。



 抱えたバトンは渡せずに私は立ち止まる。やっと進めた一歩は、目の前に広がる過去の後悔に怖じ気ついて一歩はなくなる。



 一番大事な弟を救えなかった後悔、何よりもそれが大きかった。囚われの価値観に脅えては見ない振りをしてた。



『 二歩歩いて、三歩下がる。私の人生はそんなもん。 』



 泣き叫ぶ事、それすらも自分自身なら此処にいる事が存在の証明。目の前にある過去というレールを外れたら、存在の証明はなくなってしまう。



『 私は、いなくなってしまう。 』



 ___嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。



『 ___嫌。 』



 目の前に広がる過去の後悔にどっぷりと浸かるしかない。弟を救えなかった後悔、弟の悲鳴、伸ばされた手を取れなかった。



 ___おねえちゃん、いたいよ。



『 ___! 』



 がばり、と身体を上げた。辺りを見渡せば見覚えのない風景に頭の中が真っ白になる。身体を上げる時に伸ばしていた手は空を切っていた。



「 随分と魘されていたな、獄卒。 」


『 …貴方は。 』



 花弁を口にする少年はあの時と同じ鋭い目をしていた。何処か遠くを見るような目は、私を写していた。



「 シロ。 」


『 …シロ、さんですね。私は、 』



 不意に頭に過る昔の名前。今はもう違う。私の名前は、



『 ___ななしと言います。 』


「 …だそうだ、正太郎。 」



 すると開く、部屋の襖。現れた男性に顔を向けると水を差し出され、それを受け取り飲む。綺麗な黒髪は風に揺れ、切れ長の目は私を映す。



『 あなたの名前は? 』


「 物部正太郎。 」



 短く答えれば隣に座る正太郎さん。斬島さんとは違う雰囲気を持った彼は何処かしら悲しさを抱えているように見えた。斬島さんみたいに堅い人かと思ったが、どうやら違うらしい。



 薄く開いている襖の奥へ目を向ければ光すらなかった。きっと今の時刻は夜か。は、と短く息を吐き夢の中で聞いた弟の声を思い出す。



 苦し気な声は何度もリピートされる。あぁ、もう嫌だと思わせるくらいに。___駄目だ、しっかりしなきゃ。私は獄卒、鬼なのだから。



『 そう言えば、此処は? 』


「 俺がやってる古書店だ。 」



 あぁ、なるほど。安心しきった表情を浮かべ、そっと胸元に手をやるときちんと閉められている釦。それは己のではなく、別のシャツ。



「 …着替え、させた。 」



 若干頬を赤く染め、小さく顔を俯かせ目線を逸らす彼を見て自然と顔が赤くなった。大丈夫だ、変なところはなかった…と思う。



『 では、その…帰ります。 』


「 傷が治っていない状態では危ないだろ。 」



 心配してくれるのか、と暖かい気持ちになる。じゃあお言葉に甘えるとしようと考えればそっと布団に身を沈ませた。




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