《 欲張りで臆病 》
風邪が治り、数日がたった。馴れない感覚に気絶してしまった私に黒龍は最後までやらなかったと告げた。きっと私のためを考えて最後までやらなかったと考えると何だか優しいなと思ってしまう。
ザーザーと降り頻る雨を窓から見つめ、窓際に置いてある椅子に座って足を組む。そう言えばヨナ達は大丈夫だろうか。ハクアのことも心配になり、急に心がそわそわと忙しくなる。
『 …。 』
静寂が部屋を包み込む。外を見つめたまま呆然としていると扉がノックされ、立ち上がってドアノブに手をかけ、押し開くと何かが寄りかかってくる。あたふたしながら受け止めると荒い息が肩につく。
『 ど、百目鬼…?!どうしたの、肩から血が、 』
「 逃げろ、っ、奴等がくる、っ、! 」
途切れ途切れに百目鬼は告げた。奴等、とは誰のことだろうか。取り敢えず自室に入れ、扉を閉めてからベッドに寝かせて傷の状態を確かめようとするが手を払われ、荒い声で叱りつけるように言い放つ。
「 良いからお前だけでも逃げろ、っ…! 」
『 でも、怪我が、 』
「 逃げるなんてこと、させませんよ、声龍様。 」
凛とした声が聞こえ、振り向くと紫色の綺麗な髪を揺らして微笑む、男が佇んでいた。背後には険しい顔をした兵士が待機しており、此方に槍を一斉に向けていた。向けられた矛先は、私の心臓。
『 …逃げて。 』
「 だが、お前はッ…! 」
『 良いから! 』
この男が入ってきて身体が物凄く重く感じる。その正体が虚石だと解るのは容易いことだった。この場は私にはどうすることもできないと判断し、不本意だが窓から飛び降りることしかない。此処は二階の低い建物のため、きっと飛び降りても濡れた地面がクッションになり、怪我はないだろう。
暫くの沈黙の末に、わかった、と悔しげな言葉が聞こえて窓の開く音がしたのと同時に一人の兵士が槍を投げようとするがそれを男は阻止した。細められた紫色の瞳を睨み付けたまま動かない私に男は近寄る。
「 綺麗な肌ですね…きっと貴女なら極上の淫らな女になりますよ。 」
首筋に手が触れた瞬間、ゾクリと肌が粟立った。抵抗しようとするも身体が、動かなかった。まさか、虚石を所持しているのでは、
「 ふふ、身体が動かないでしょう…?当然ですよね、目の前に虚石があるのですから。 」
『 っ、随分と手の凝った事をするじゃない。 』
告げながら懐から小さな丸い真珠を取り出す男。真珠はきっと虚石なのだろう。奥歯を噛み締めて睨み付けると男は怪しげな笑みを浮かべたまま首筋から胸元へと手を滑らせ、花の象徴に触れた。
「 …クロエ様、如何なさいます? 」
「 貴方の好きなようにしていいわ。 」
隣にあの女が姿を表し、憐れむような視線を此方に向けて歪んだ笑みを浮かべる。そして近付いて手を振り上げ、降り下ろす。頬に痛みが走り、口端からは血が垂れ、それを見たクロエは笑みを深めて口走る。
「 ミンヒョクは、私のものだから。 」
『 …うっかり嵌って堕ちたって、誰も気づいちゃくれないよ。 』
嗚呼、蜜ある華に群がる害虫とはこの事か。…良いや、きっと蜜ではなく、密の間違いだ。首筋に走る衝撃にそっと意識を沈ませた。
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