《 すれ違う愛情 》
「 クロエ様、そろそろ黒龍様の御屋敷に到着します。 」
「 あ…うん、分かった。 」
クロエと呼ばれた少女は俯かせていた顔をそっと上げ、窓の景色を見つめた。景色を見つめている鮮やかな緑色の眼は何処か寂しげだ。双眼を細めて首元に飾られた首飾りを握り締める。
最愛の人に婚約者が出来た。それは回りから見れば大変喜ばしいこと。だけど私にとっては嫌なこと同然で、不愉快極まりない。私の方があの人のことをよく知っているのに、ずっと寄り添ってきたのに。
「 久しぶり、元気そうだな。 」
「 ミンヒョク…!会いたかった! 」
彼の屋敷に着いて馬車から降りると彼が出迎えてくれた。久しぶりにみた彼の笑顔は柔らかくて、何処か幸せそうだ。その笑みを今は見たくなくて、駆け寄って強く抱き付いた。
「 ミンヒョク、元気にしてた? 」
「 嗚呼、もちろん。 」
胸に顔を埋めると抱き締め返してくれる。彼の優しさを知っているのは私だけでいい、私だけじゃないと嫌。すると彼は頭を撫でてから離れ、そっと顔を上げると誰かに手を振っていた。私じゃない誰かに、綺麗な微笑みを向けていた。
つられて上を見上げると暁のような綺麗な髪をしている女性が此方を、彼を見つめていた。私とは違う大人びた顔付きに、綺麗な微笑み。思わず睨み付けてしまい、その女性はそれに気付いたのか彼に小さく手を振った後、窓に背を向けては窓の前からいなくなる。
「 悪い、寒いから中に入ろう。 」
「 うん、早く暖まろ! 」
手を握り、優しく引いてくれる彼を見ているとまた愛しいと言う感情が溢れ出しそうになってしまう。最愛の人に触れて、好きと想えない女性なんているわけがない。彼に振り向いてほしい、他の女性なんて見ないで。
「 俺、婚約者が出来たんだ。 」
「 え…、 」
この前、屋敷に訪れたときに嬉しそうに告げられたのを、片時も忘れたことなんてなかった。その女性が憎くて、心の中で何度も呪った。婚約を解消してほしい、と心の中で願ってもそれは叶わないことで。
『 黒龍、その女性は? 』
「 クロエ。小さい頃からの幼馴染みなんだ。 」
『 …私はナマエって言うの、宜しくね。 』
柔和な笑みが気に入らなかった。挨拶をして握手を交わすときに爪を立ててみると一瞬顔を歪ませてから無表情に変わった。その微笑みを崩せて満足した。けれど、次はその無表情が気に入らなくなった。
『 部屋に戻る。…黒龍、またあとでね。 』
パッ、と手を離された時に見えた手首の鬱血痕。そして、私の爪が食い込んだせいで出来た爪痕。微かに血が滲んでいて、それをみたとたんにざまあみろ、なんて思ってしまった。そんなことしたって、彼は振り向いてくれないのに。
『 …猛り影がドロドロと零れ出す、 』
通り際に放たれた言葉なんて、聞こえはしなかった。
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