震える両手広げて小さなサインを掲げた
『今日ね、外出許可が下りたんだ。』
「さよか。」
今日は外出許可が下りた、とか言ってくる名前ちゃんに内心溜息吐く。こんなこと言っている時の名前ちゃんは外に出たいという合図を出している証拠。ほな、外に出よか、と言うと名前ちゃんはうんっ、と元気のいい返事を返した。
ドア付近に置いてある車椅子を押して持ってくると名前ちゃんを支えて車椅子に座らせた。せっかく外出許可が下りたんやからお気に入りの草原にでも連れてったろうかな。なんて思い口に出して質問をした。
「ボクぅのお気に入りの場所があるんやけど、行かへん?」
『みどうくんのお気に入りの場所?』
「せや、ここからそう遠くない場所にあるんやけど。」
『みどうくんのお気に入りの場所なら行きたい!』
「ほなら、行こか。」
扉を開けっぱにして車椅子を押して廊下に出ると通りかかった看護婦さんが気を使ってか扉を閉めてくれた。頭だけ軽く下げて車椅子を押してエレベーターへと向かう途中に名前ちゃんがふと呟いた。
『私、みどうくんの事大好きだよ。』
「なんや、急にキモ。」
『えへへ、言葉じゃ伝えきれなくて…。』
なんて可愛らしいことを言ってくる名前ちゃんを見ていると周りが幸せな黄色に染まっていく気がして、名前ちゃんの頭を触れて頭を撫でてあげると心臓がトクトクと音を立てる。
「…ボクぅも、好きやよ。…名前ちゃんの事。」
『…っ、』
ほら、ボクぅが言うと顔を熟れた林檎みたいに真っ赤にさせて俯く。そないなところも好きや、なんて口が裂けてもボクが死んでも言えない言葉。言ったら羞恥心で死ねるわ、キモ。
病院内から出てそのまま車椅子を押して目的地まで駄弁りながら歩いていると名前ちゃんがふと、嬉しそうに呟くのが聞こえた。
『みどうくんと逢えて本当に良かったな、私。』
「何言うとるん、キミぃ。」
まるで遺言みたいで心が締め付けられるボク。不意に車椅子の取っ手の部分を掴む手の力が強まり、声が震えた。まだ、キミぃとしたいことが沢山あるんやで、ボクには。まだ、終わるわけにはいかんやろ。
母さんの時みたいに、ボクをおいていくような事、せぇへんで。ボク、一人ぼっちになってまうやないか。残されたボクは一人で何しろというんや、答えてくれや、なぁ、名前ちゃん。
そんなことは名前ちゃんに言える訳もなくて黙り込んだまま黙々と歩いていると等々目的地にたどり着いてしまった。車椅子を押して草原内に入ると名前ちゃんが歓喜の声をあげた。
『うわぁ…綺麗な花!』
「まるで、名前ちゃんみたいやな。」
『えへへ、そう?』
そうや、儚くて、目を離したその隙にふらりふらりとどこか行ってしまいそうな。やから、ちゃんと離さないように抱き締めておかんと。そんな事考えていると名前ちゃんは一人自力で立ち上がって歩きだした。
フラフラと危なっかしい足取りを見たまま動かずにいると名前ちゃんが唯一花が多い所に座り込んで寝転がった。それを見ていたボクはふと呟いた。
「ずっと、一緒にいたいのはボクぅも一緒やよ、名前。」
―――それが、一生叶わぬ夢だとしても、や。
▼▲
今日は、みどうくんにお花畑に連れてきてもらった。とっても、嬉しい。自力で車椅子から立ち上がって一番花が多い場所の真ん中に座ってそっと横になった。眩しい太陽と、雲一つない晴天の青空が私を見下ろしていた。
震える両手を晴天の青空に向けて伸ばして小さな掌を広げた。この、命多く溢れた世界で、今度は幸福な世界を望みたいな。たった形だけの証だとしても、いいから。震える両手を伸ばしたまま、小さなサインを掲げた。
" 最 後 の 祈 り を 籠 め た 。 こ の 世 界 が 、 続 き ま す よ う に 。 "
『好き、だよ…あきら、くん。』
小さな両手の力が抜けて、お花畑に沈んでいった。ずっと、ずっと大好きだからね、あきらくん。だから、私の分まで生きてね。…おやすみ、なさい。
「名前、ちゃん?」
震える両手が力なく沈んだのを見えて車椅子ほっぽり出して名前ちゃんの方へと駆け寄った。目は瞑られていて、顔が安らか。まるで、母さんが死んだ時と同じ光景だ。しゃがみこんで頬に手を当てると冷たくなっていた。
ポタリ、彼女の頬に涙が伝った。彼女が涙を流してるんじゃない、ボクが涙を流している。後頭部に手を添えて、名前ちゃんの頭を引き寄せた。彼女の冷たい唇と、ボクの暖かい唇が重なった瞬間、彼女の声が聞こえたような気がした。
"『ありがとう、あきらくん。…大好きだよ、いつまでも。』"
「ボクぅも好きやよ、名前ちゃん。」
…また、会える日までゆっくり休みや。おやすみ。
( 震 え る 両 手 広 げ て 小 さ な サ イ ン を 掲 げ た )
― F I N . ―
[*prev] [next#]
[ Back To Novel . ]