繰り返した日々も今ではもう曖昧で



『………。』



 病院食を食べ終え、サイドテーブルに置いてある分厚い本を手に取った。今日は曇り空でいつもの青空とは違う空。見ていてもつまらないから朝に来た看護婦さんに閉めたままにしてもらった。



 分厚い本を開いて、栞が挟まっているページを開く。栞を一度掌に置いて、少しだけ嬉しそうな顔をするのは、此れで何回目なんだろうな。この栞はみどくんが小さい頃、私の誕生日の日にくれた物で照れ笑いを浮かべながら手渡してくれたのを覚えてる。



「検温の時間ですよ。」

『あ、はい。』

「それ、いつも使ってますよね。…何か、思い出の品とか?」



 検温に来た馴染みのある看護師さんに話し掛けられては顔を綻ばせた。



『えへへ、小さい頃の誕生日に貰ったんです。』



 体温計を渡されて脇に挟んで体温計がなる時間を待ちながら看護師さんに答えた。やっぱり男性の看護師さんは物腰柔らかいな、何て思っていると看護師さんが口を開いて話し始めた。



「明日と明後日、雨が降るそうですよ。」

『そうなんですか?みどうくん、落車して転ばなきゃいいけれど…。』

「心配なら電話かけてみればいいじゃないですか。」

『ううん、みどうくんは私と違って忙しいから…。』



 自分も早く学校に行って、友達作って、放課後に遊んでみたり友達とワイワイはしゃぐ高校生活を送ってみたいな。すると体温計が測り終えた合図に無機質な音を発したので脇から取り出し、自分で確認してから看護師さんに手渡した。



「今日は少し熱が高いですね…だるさとかは有りますか?」

『あー、少し…頭がボーっとするような感じはします。』

「じゃあ、今日は早めに休みましょう。…夜にまた検温ありますので、また来ますね。」

『はい、ありがとうございました。』



 栞を目次ページに挟んでからその背中を見送って、再び小説の文字に目を通した。目で文字を追っているとゴロゴロ…と重くあたりに響くような音が聞こえて栞を挟んでいた目次のページから取り出して読んでいたページに挟んで閉じた。



 天気が悪いと読書に集中できないのは今の私に取っては半分癖になっていた。ベッドから出てカーテンを開け、窓越しから外を見ると一瞬空に薄い金色の筋が走り、やがては消えていく。



 こんな天気より、晴れた天気の方が数倍もいいのに。来週はずっと晴れているといいな、何て贅沢なことを考える私を拒否するかのように大粒の雨が窓ガラスに叩きつけられた。ポツリ、『彼に会いたいな、』なんていう言葉も窓ガラスに叩きつけられながら消えていった。



▲▼



『…みどうくん、無事に帰れたかなぁ?』



 ザーッと降りしきる雨音を耳に入れながら夜ご飯の病院食を黙々と食べていると頭に浮かんだのがこの言葉だった。譫言のように呟きながら箸で小さく切られている煮物をつまんで口に運んだ。あ、いつの間にか嫌いなじゃがいもまで食べれるようになってる。



 そういえば「好き嫌いする子は嫌いやで、ボクぅ」なんてみどうくんに言われた言葉を間に受けて一生懸命克服しようとした時期があったっけ、なんて思い出すけれど実はその努力は三日坊主で終わってしまったのだ。ああ、虚しい小さき頃。



 病院食を食べ終えた時には丁度看護師さんが夜の検温に来る時刻になっていて、扉が開く音が聞こえて顔をそちらに向けると昼に来たあの看護師さんがバインダーと体温計を手にしてして入ってきた。



「検温の時間ですよ。おっ、今日は残さず食べてますね、えらいえらい。」



 なでなで、と優しい手つきで頭を撫でてくれる看護師さんに釣られて微笑むと看護師さんが体温計を渡してきてそれを受け取って脇に挟んだ。



『嫌いなじゃがいもも食べれるようになったんですよ、凄いでしょ!』

「はい、すごいですね。」

『あ、測り終わったかな。』



 ピピピ、と無機質な音が聞こえて脇から取り出すと平熱になっていて相変わらず私の体は体温調節がうまくなっていないなぁ、なんてつくづく呆れてしまうのは毎度のこと。はい、と看護師さんに渡すと苦笑しながら「相変わらずですね、もしかして変温動物だったり?」なんていってくる。



『もー、ちゃんとした人間ですー。』

「あはは、そんなむくれないでください。では、明日は荒川さんが担当ですのできちんと大人しく言う事を聞くんですよ。」

『はぁーい。』

「それでは、おやすみなさい。何かあったらナースコールで呼んでくださいね。」



 なんて言ってくれる看護師さんはとっても過保護だと感じるのは私以外にもいるのだろう。パチリと傍にあるリモコンで電気を消すと真っ暗闇になっていく。今日だけ保安灯を付けて寝ようかな、と思い保安灯をつけると橙色に部屋が淡く色づいた。



『みどうくんの言う、幸せな色とは少し違うなぁ。…幸せの黄色って、どんな色なんだろう。』



 ( 繰 り 返 し た 日 々 も 今 で は も う 曖 昧 で )




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