モノクロな世界に色を加えて



「名前ちゃん、入るで。」

『あ…みどうくん、今日も来てくれたの?有難う、嬉しい!』



 いつもと変わらぬ昼下がりの午後、真っ白でベッドとテーブル、来客用の椅子、そして車椅子しかない殺風景な部屋で幾度となく見て来た青空を窓越しから見つめていた。いつもなら来客もいないけれど、今日はみどうくんが来てくれた。



「せや、名前ちゃんが好きな果物買ってきたんやよ。」

『本当に?良かった、丁度果物が食べたかったんだよね。』



 来客用の椅子にみどうくんが腰掛けて、話し掛けてくるのに応じるとみどうくんは小さな果物用のカゴバッグを小さなサイドテーブルに置いた。するとじっと見つめてくるみどうくん。



『今日、学校で何かあった?』

「…ボクぅ、自転車競技部に入ることになったんよ。」

『自転車、競技部?』



 じっと見つめてくるみどうくんに話題を振るとみどうくんは無表情ながら自転車競技部に入ることになった、と話してくれた。心なしか表情が穏やかそうに見えて私は自然と表情を柔らかくした。



「名前ちゃんは、何時も通り…やな。」

『えへへ…でも、みどうくんが週に一度来てくれるだけでも、私とっても嬉しいよ。』

「…ほうか。」



 みどうくんが持ってきた小さなカゴバックに手を伸ばして中から果物をとってみると私が果物の中で一番好きな林檎が入っていた。テーブルについている引き出しから果物ナイフを取り出すとみどうくんが手を伸ばしてきて、「ボクがやる、名前ちゃんは病人やからじっとしててや。」なんて果物ナイフと林檎を大きな手で奪い去っていく。



 しゅるしゅると途切れ途切れに剥けていく林檎の皮を見ていると自然と顔が緩んだ。相変わらず不器用な手つきだなぁ、何て思っても口には出さない。するとみどうくんが小さく声を漏らして皮を剥く手を止めた。



「そ、そないに見つめないでくれへん?」

『あ、ごめんっ、つい…その、みどうくんがこういうのやってくれる事があまりないから…。』

「…別にぃ、頼まれたらやってやらんこともないで。」

『ふふ、優しいねみどうくんは。』



 意外とシャイなんだなぁ、なんて思うのは此れで何回目なんだろうと思っていると、不器用そうに剥けられた林檎を真っ白い飾り気のない皿に乗せられて差し出された。ありがとう、と一言言うとみどうくんは照れ臭そうに「礼なんてキモいで、名前ちゃん」なんて言う。



 歪な形の林檎を一つ手に取って口に含むとシャク、と林檎独特の蜜の味が口内に広がった。もう一つ林檎を手にとってみどうくんの服の袖をちまりとつまんで、『ねぇねぇ、』だなんて話を掛けた。



「なんや、」

『はい、あーん。』

「なっ、きゅ、急に気持ち悪いで、キモい。」

『いいから、ほら口開けて?』



 強引にずいっ、と林檎を差し出すと観念したのかみどうくんはおずおずと差し出された林檎に顔を近づけて歯並びが整っている歯で、しゃくりと噛んだ。あ、まだ半分残ってる。恥ずかしいのか一回噛んでそっぽを向いてしまったみどうくんにやりすぎたかな、何て少しだけ反省してからみどうくんの食べかけの林檎を口腔内に放り込んだ。



「キミぃ、人の食べかけ食べるなんて意地汚いで。」

『あれ、もしかして食べたかったの?ごめん、じゃあもういっこ…』

「そないな事ちゃう!」



 えへへ、なんて顔の表情を緩めているとみどうくんは深い溜息を吐く。いつの間にか最後の一個になってしまった林檎を手にとって半分に割った。もう一度みどうくんの服の袖をちまりと掴むとみどうくんはこちらへと顔を向けた。



「ファ?」

『はい、最後の一つだから半分こ!』

「…全く、キミぃには適わへんわ。」



 パクリ、と私の右手を掴んで指先でつまんである林檎を食べてペロリと私の指先を舐めてから右手を離した。指先を異性に舐められたことの無かった私は羞恥心でいっぱいになって顔が段々と熟れた林檎みたいに染まっていった。



「ほな、ボクぅは帰るわ。…また、来週な。」

『…うん、また、来週…ね、』

「そんな寂しい顔せえへんで、また会えるんやから。」



 ぽんぽん、とお兄ちゃんみたいな手付きで頭を撫でてくれたみどうくんの手の上に私の掌を乗っけるとみどうくんは驚いたような顔をしてからまた何時もの無表情に戻って、手を離した。



 学生鞄を手に持って背を向け、扉へと向かっていくみどうくんを引き止めることなんて出来ない。寂しい、だなんて口走ったら彼を困らせてしまうから。やがて扉がしまって完全一人部屋に取り残された私は、先程彼の手に触れた両手を見つめていた。



 ( モ ノ ク ロ な 世 界 に 色 を 加 え て )




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