虎←薔薇前提 日曜日の昼下がり、ハンバーガーショップの2階から外を眺めていた。 通りに面した2階の壁は、ちょうど私の腰骨の辺りの高さからガラスに変わっていて、太陽の光を店内に降らせている。賑やかな店内には、家族連れや子供が多いように見えた。 絵に描いたような平和が広がる店内で、私はコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れてマドラーを回しながら、携帯を見ては溜め息をつくことをもう何度か繰り替えしている。 なにも最初からこんな退屈な休日だった訳じゃ無い。 会うはずだった友達が待ち合わせに来なかったのだ。寝坊したか、それともドタキャンなのか。ハンバーガーショップに居るねとメールしたけど、返信はない。 「…もう帰ろうかな」 思わず声に出してしまったけど、その声だって店内の喧騒に負けた。 何となく気まずくなって、とりあえずコーヒーを飲み終わるまでここにいようかな、と考える。まだ湯気のたつコーヒーからは、マドラー越しに溶けきらない砂糖の感触。 携帯を畳んで、もう一度外を眺める。人の行き交う通りの中から目についたのは、デート中の恋人や休日出勤のサラリーマン、ショッピングモールの名前が掛かれた風船を持った少年と、その子の手を引く母親。それから、赤いジャケットを来た男の人。……―うそ、あのジャケットの人ってバーナビーじゃない! 凄い偶然!なんて思っても、わざわざ彼のところに行くような事はしない。彼にだって予定があると思うし、そもそも特別親しいわけでも無いし。 そんな事を考えながら、私はバーナビーを見過ぎていたのかも知れない。ふと、彼がこちらを向き、すぐに視線を逸らした。もしかして私に気付いた?この距離で?けれど、私が考えている間にも彼はどこかに行ってしまった。通りを見回してもそれらしい人は見当たらない。まあ良いか、別に私には関係ないし。 彼がいなくなると、私の興味はバーナビーよりも待ち合わせ相手に移った。携帯を開いてもメールは無いし、問い合わせをしてみてもやっぱり着信音は鳴らない。 そして、諦めに似たような気持ちを紛らわすように温くなったコーヒーに口をつけた時、ガラス窓に見知った影が写った。 「貴方も待ち合わせ?」 その見知った影が私に向かって歩いて来ているのは一目瞭然だったから、声を賭けられる前に振り返って聞いてみた。 「用事なら済ませて来ましたよ。…貴女とは違って」 「……なんで知ってるの?」 「見てましたから」 嫌なやつ、と、思わず返せば、貴女だって同じでしょうと言われて言葉につまる。なんだか癪だけど、どっちもどっちだ。 そんな事を考える私をよそに、バーナビーは隣の椅子に腰を掛けた。雑多なハンバーガーショップと彼と言う組み合わせに違和感がある。 「て言うか、私もう帰ろうと思ってるんだけど」 「待ち合わせは?」 「きっともう来ないわ」 もう一度携帯を開いてみたけど、やっぱり返信は無い。解りやすいドタキャンだ。明日学校で厭味の一つくらい言ってやろう。 それより、バーナビーと二人きりになったところで何を話せば良いのか。共通の話題と言えばヒーロー関係だけど、こんな昼間から犯罪者の話なんてしたく無い。タイガーのことをバディの彼に聞いてみたいけど、なんだか恥ずかしいし。 「あのさあ、バーナビー」 なにを話すか決めないまま、そう声を掛けた時だった。ふと、手首に振動を感じる。彼も私と同じものを感じたらしい。普段から油断の無い顔が、もっと真剣なものに変わる。 「出動ですね」 「折角の日曜なのに、最悪」 言いたい事はいっぱいあるけど、文句を言っても仕方ないことだって解ってる。私はヒーローなんだから。 手早くコーヒーを片付けて階段を降りる間にも、バーナビーの厭味のような軽口は続いた。 「まあ、来ない友人を待つよりはポイントを稼ぐ方が有意義だと思いますよ」 「生意気言わないで、新人のくせに」 お店の軒先を潜れば、まだ強い日差しが町中を照り付けている。すぐに私の氷で涼しくしてあげるんだから、なんて。 「新人だからって負ける気ありませんけど」 そんなバーナビーにお互い様よ、とアスファルトを蹴った。出動前だと言うのに気分が晴れている。風船を持った子供が擦れ違い様に手を振っていた。 |