彼氏に浮気をされていた。
だけど、本当は私が浮気相手だった。
男が事実を告げた時の、女の勝ち誇った顔が忘れられない。私に見る目が無かったのかな、でも彼は優しかった。だからって引きずる気も無いけど、でも、悲しいし悔しい。その気持ちが具体的に何に対してかは解らない。


「ねえバーナビーさん、そう言うことってありますよね?」
「…知りませんよ」


そりゃそうだよね、うん。またお酒に口を付けて、一人頷いた。いや、さっきから私の独り言に無理矢理バーナビーさんを付き合わせている状況なんだけど。


「第一、貴方は飲み過ぎだ」
「やだやだ、バーナビーさんってお父さんみたい」
「もう勝手にして下さい」


そう言ってバーナビーさんは立ち上がろうとする。素直にごめんなさいと言えば、彼は再び椅子に座り直した。優しいなあ、惚れそう。嘘だけど。


「びっくりしたんです、私」


そうだ、私はただ驚いていた。体は芯から冷えていくのに脈拍が上がるような。そんな体験をする日が来たことに。


「浮気とか修羅場とか、他人の話だと思ってたから」


それから、気晴らしに飲もうと入ったバーで昔の知り合いに会ったことにも。


「そう、ですか」
「ええそうです、そんな訳でバーナビー、今日はまだまだ飲みますよ!」
「全く貴方って人は、」
「責めるなら今日の私に会った運の無さを責めて下さい」


彼はきっと私を置いて帰ることはしないんだろう。とは言っても印象は悪いよなあ。解っていてもお酒が止まらないのが大人の悪いところだ。


「もうとやかく言う気も無くなりましたけど」
「うん?」
「久々に会った知人に付き合わされている僕の気持ち、わかります?」
「どうかなあ。解るような、解らないような」


今の気分はさっきとはまるで逆だ。アルコールの入った身体は熱いのに、心の部分は妙に冷めている。







ぷつん、と糸が切れたような。そんな表現のままに彼女が、なまえが眠りに着いた。
さっきより少し人の少ない店内、熱を持ちながら規則的に上下する肩を揺する。


「起きて下さい、置いて帰りますよ」


返って来るのは声にならない相槌だけ。起きないだろうと思っていたから意外では無かった。だからって、酔った女性を置いて帰るのは気が引ける。久しぶりに会ったとは言え、少なからず面識のある彼女を。


「最悪だ、本当に」


タクシー会社に電話をして、声を掛ければとりあえず反応する彼女を背負う。会計を済まして店を出れば、東の空はぼんやりと明るくなっていた。そんな空の下、バーのある裏通りを抜け、タクシーが着くことになっている大通りを目指す。


「家どこですか」
「んー、うん」


それを最後に、彼女からは寝息しか聞こえなくなった。ため息をつけば、タイミングよくタクシーが前に止まる。久しぶりの再会は散々だったと思いながら、運転手に自宅の場所を告げた。






01.ヒロインに進化

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