"この街で一番美しいものを用意しておきますよ"


彼のその言葉が、視線が、口を動かした時の表情が、何日も日付けを跨いだ今も頭から離れなかった。
スーパールーキーの鮮烈なデビュー以降、テレビには彼の話題があちこちに散らばっている。
今日だって話題は昨夜のビル爆発事件でもちきりだ。本人はきっと嫌そうな顔をしているだろうけど、虎徹さんとバーナビーの相性はすごく良く見える。

そんな事を考えて、ぼうっとしていたのがいけなかった。


「なまえ、電話鳴ってる!」


お姉ちゃんにそう言われるまで、電話に気づかなかった。慌てて受話器をとれば、今朝もテレビから聞いた声。


「もしもし、お久しぶりです。ええ、お姉ちゃんも私も元気ですよ。…はい、配達ですね。わかりました。」


電話の相手は配達を所望しているらしい。本当は私じゃなくて他の社員さんが行くとこだけど、相手が相手だ。


「トレーニングルームの、談話室ですね。」


いつも使っているメモに必要事項を書いていく。爽やか過ぎるくらい爽やかな口調で、完結に柔らかく注文をくれる彼はとても出来た人だと思う。


「それじゃあまた後で、スカイハイさん」









「バーナビーくん、ケーキは好きかい?」


キングオブヒーロー、キース・グッドマンがそう彼に声を掛けたのは、ヒーローTVに関する話し合いが終わった時のことだった。


「ケーキ、ですか?」
「本当は話し合いに合わせて配達を頼んだんだが、手違いがあって今から来るんだ」


今日ヒーロー達を呼んだアニエスは帰った。ここに留まる為の本題が終わった今、バーナビーにはこれからの事に必要性が見付からなかった。


「いや、僕は…」
「みんな、なまえ来たよー」


カリーナに、そう言葉を遮られるまでは。


「…なまえ?」


バーナビーの訝しげな視線と、お前ら知り合いなのかと言ういくつもの質問を受けながら、カリーナに連れられて談話室に入って来たなまえは思う。

ああ、バーナビーに仕事の事を話して無かったな、と。









「"ヒーローも絶賛、姉妹が経営する大人気パティスリー"…ほら、また雑誌に載ってたよ」
「凄いのは私じゃなくてお姉ちゃんだよ」


人数分あるケーキは全て種類が違うもの。それから、個人個人の好みに合わせた紅茶と珈琲。
お姉ちゃんには、配達が終わったらそのまま帰って良いと言われて来た。そうして、アニエスさんが帰ってしまった今、一つ余ったケーキを私が戴く形になる。


「これ、新作だな」


目の前に置かれたケーキを見て、虎徹さんが呟く。…いつも思うんだけど、虎徹さんって甘いものが似合わない気がする。


「そうですよ。新作に気付くの珍しいですね」
「…お前、さらっと失礼なこと言うよな」
「やだ、冗談ですよ」


そんな軽口やそれぞれのケーキについて説明を挟みながら、ケーキや飲み物を配っていく。全てがテーブルに並んだところで、私もみんなの様に席についた。


「そろそろ、なまえについて説明を戴きたいのですが」
「それよりお前らがどういう関係なのかが知りてえよ」


そうして、バーナビーの言葉と、それに続いた虎徹さんの言葉をきっかけに、さっき貰った色んな質問を消化する時が来た。


「なまえとは、彼女がヒーローアカデミーの清掃をやっていた頃からの知り合いです」


虎徹さんの質問に答えたのはバーナビー。その言葉に反応したのはイワンだった。


「ずっとあのバイトやってたの?」
「そう、貴方が卒業してからもずっとね」


イワンは決して目立つ方では無かったけど、アカデミーでよく話をする学生の一人だった。
オリガミサイクロンを初めて見た時、ああイワンだ、と、なんの確証も無いのにそう思った。


「なまえはね、推薦を受けてここに入れるようになったのよ」
「推薦、」


詳しいことは知らないけれど、ヒーローには規約のようなものがあるらしい。それは、原則として素顔や素性が知られてはいけないことも関係している。
ネイサンが言った推薦と言うのは、三人以上のヒーローの推薦を受ければ、一般人もトレーニングルームに入れると言うもの。…今はバーナビーが増えたから四人になったらしいけど。


「どうしてなまえが?」


彼は推薦のこと自体には納得したようだったけれど、どうして私がされたのかが気になるようだった。


「色々事情があるんだけど、私の仕事の関係って感じかな」
「仕事?」
「…前に話した事が実現して、お姉ちゃんとケーキ屋さんをやってます」


小さい頃からお姉ちゃんの作るケーキが大好きだったことも、いつか二人でお店をやりたいと思っていたことも、ヒーローアカデミーでバーナビーに話した事がある。


「皆さんの協力があったから、夢に近付けたの」


私たちだけでは、きっとこんなに早くお店を持つことは出来なかった。段々と増えて来た常連さんや新規のお客様だって、ヒーローのお陰。
もちろんお姉ちゃんのケーキは自信を持って薦められるけど、それだけで今があるとは思えなかった。

どういうことですか、と尋ねて来るバーナビーに答えようとして、私は大事な事を思い出す。


「…話したいのは山々なんだけど、ヒーローの守秘義務に関わらない?」


私としては話したいことだとしても、それが守秘義務に関わってしまうなら私は話す訳にはいかない。
そんなことをしてしまえば、ヒーロー達のトレーニングルームへ私が入室出来るように推薦してくれた彼らに失礼だ。


「それじゃあ、二人っきりになった時にでも話したらどう?」


そうして、そう助け舟を出してくれたのはネイサンだった。提案を受けて、どうする、の意味を込めてバーナビーを見れば、彼も了解したように頷いた。


「そうしましょうか、僕としてもヒーローとしての規約を破るのは本望ではありませんし」


それに、と、言葉が続く。


「なまえとの時間ならいくらでもありますから」


ぴくり、と、カリーナがその言葉に耳を動かした。勘の良い彼女のことだから、きっとこの前の話の人が彼であることを気付いたのだろう。
彼女にも本当に助けられている。今でこそ彼女は素敵な友人だけれど、それは開業しなければ得られなかった関係だろう。


「ま、そういう事で、深い話はそれぞれしてくれ」


虎徹さんがそう話を纏める。
このまま次の話に言ってしまう前にいつも思っていることを言いいたくて、一つ良いですか、と私は口を開く、再びこちらを向いてくれるヒーローたち。


「私もお姉ちゃんも、なんてお礼を言えば良いか解らないっていつも思ってるんです」


この気持ちに嘘も偽りも無い。私はヒーローに助けられている市民の一人。
これだけ助けて貰っている今、お店と真剣に向き合わなければ彼らに対して失礼だ。

もしも私が彼らに対して出来ることがあるなら、なんでもやりたいと思う。


「皆さんには、感謝してもしてきれません」


私が言う「皆さん」の中にバーナビーも入っていることに、彼は気付いてくれただろうか。



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