バーナビーとの再開から、数日経ったある日のことだ。

その日は、友達と午後の喫茶店でガールズトーク。成人している今、ガールと言う表現に若干のギリギリ感はあるけど、相手はまだ十代だ。間違ってない。


「こうやって会うのって久しぶりだね、カリーナ」


本当だよ、と頷く彼女は私の信頼する友人の一人で、歌手と言う素敵な夢を持った女子高生。そして、絶大な人気を誇るヒーローだ。


「なまえ、最近お店来てくれないし」
「行きたい気持ちはすごくあるんだけど、ねえ」
「良いの良いの、なまえだって忙しいの解るし」


テラス席では街行く人たちがよく見えるし、向こうからも私たちを見ることが出来るけれど、誰も彼女がブルーローズだとは気付かないだろう。


「忙しいのは貴女だって一緒じゃない」
「まあ、ね。犯罪なんて減ってくれれば良いのに」
「あ、そうだ。MVPの発表、見に行くからね」
「ありがとう。まあ、結果はいつもと変わらないだろうけど」


どうして私みたいな一般人がヒーローのことを知っているのか、と聞かれれば、仕事関係としか答えようが無い。彼女だけじゃなく、七人のヒーローはみんな個性的だけどとても優しい人達だ。


「たとえMVPじゃなくても、私はカリーナ達に頭が上がらないのに」
「やめてよ、そんな改まって」


謙遜しないでよ、そう返したところで、注文したショートケーキが運ばれて来た。早速口に運んでみれば、クリームの舌触りやスポンジの柔らかさは評判通り完璧。だけど、申し訳ないけどお姉ちゃんが作るショートケーキの方が美味しい。


「そう言えば、彼とはどうなの?」
「あー、まあ、色々?」
「…聞いちゃダメだった?」
「ううん、そうじゃ無くて」


どこから説明しようか、と考える。きっとどんな話し方をしても彼女は私の考えに納得しないだろうし、否定することも無いのだろう。だからこそ私はカリーナに話をするし、尊敬もしている。


「まあ、結論から言うと別れちゃったんだけど」


彼からしたら私とは付き合っても無かったのだから、この言い方には語弊があるのかも知れない。だけど何も知らなかった私にとって、彼は間違いなく恋人だった。


「原因は彼の浮気でね」
「うそ、最低」
「うーん、確かに最低だと思ったよ。悲しいし、悔しいし…でも、今はちょっと違うの」


裏切られたと思った。どうして、って、事実問いただした。だけど、時間が経って思い出すのは、彼と手を繋いで歩いていた女の人のこと。あの時はマイナスの気持ちばかり優先してしまったけれど、私は大事なことも見ていたんだと思う。


「相手の女の人が、幸せそうだったんだよね」


柔らかく笑う彼女の顔は本当に幸せそうで、私はあんな風に笑えていただろうかと考えてしまった。それから、私が浮気相手だったと彼が告げた時の顔は勝ち誇っていたのではなく、安心していたのだと気付いた。
彼を幸せに出来るのは彼女だけだと今になって思うし、思えるようになった。それはきっと、バーナビーが沢山話を聞いてくれたおかげもあるんだろう。


「…なんか、そういうの嫌」


それまで食べていたケーキを飲み込んで、カリーナは納得いかないといった顔をした。予想はしていた事だけど、いざそう言われると身構えてしまう。


「私が言うのもおかしいけど、そんなの、身を引く自分に酔ってるみたい」
「酔ってる、」


だから、反復した言葉に返すことは出来なかった。たまに自分でも思うのだ。自分を納得させる為の言い訳では無く、本心はどこにあるのかと。
そんな私を余所に、でも、と彼女は言葉を続ける。


「なまえが今幸せなら私は文句無いよ」


それは、今の私が一番必要としている言葉だと思った。じわじわと暖かい言葉が染みて、不思議と気持ちが軽くなっていく。
でも、本人からしたら普通のことを言っただけなんだろう。その証拠に、カリーナはなんでも無いように紅茶を飲んでいる。やっぱり彼女には内面から出る美しさがあって、歳だって私の方が上なのに見習いたいところばかりだ。


「まあ、これは勘だけど」


カップを置いたカリーナはそう前置きをして、にこやかに、だけど確かに女の顔をして言い放った。


「そう思わせてくれた人がいるんでしょう?」


カリーナは鋭い。
それも鋭過ぎる勢いで。


「フラれたって言う割にはすごい吹っ切れてるし」


きっとごまかす事は出来ないだろうし、なにより、言って困るような話でも無い。降参だと笑って、私は口を開いた。


「正直、恋愛として好きって感じでは無いと思う」
「そうなの?」
「久しぶりに会った人だし、懐かしさもあるって言うか」


懐かしさと言う言葉に、自分で言って納得した気がする。青春の思い出とは少し違うけど、私にとってヒーローアカデミーの清掃員をやっていた時期は大きな転換期だった。


「でも、感謝してる」


本当に、ありがとうは何回言っても足りないと思う。私はバーナビーがヒーローを志望していることは知ってるけど、それが何故かは知らない。それに、本人が自ら話さない限りは聞くべきじゃ無いと思っている。
だけど、バーナビーはいつだって私の話を聞いてくれた。どれもつまらない話ばかりなのに、だ。

そんなことを考えながら紅茶に口を付けて、ふと反省する。


「ごめんね、こんな話。紅茶も冷めちゃったし」


少し、話し過ぎてしまった。







それから、すっかり日が落ちて肌寒くなって来た頃、私たちはようやくカフェを後にした。今日は色んな話が出来たし、たくさん聞いて貰った気がする。明日からまた頑張ろうって、そう思える。


「あのさ、なまえ」


そんな帰り道、今日初めてカリーナの口調に陰りが見えた。どうかしたの、と、なるべく自然に問い返す。


「今度、ちょっと相談に乗ってほしいの」


彼女は本当に素敵な人だ。けれど忘れてはいけない。どんなに大人びていても、まだ高校生なのだと。それは決して子供扱いしている訳じゃなく、高校生だからこそ、カフェなんかでは話せない悩みや思いだっていっぱいあるのだ。


「私で良ければなんでも聞くよ」


カリーナだけじゃない。私はいつもヒーローに助けて貰っている。だからって訳では無いけれど、少しでも支えになれれば良いな、と、微力ながらも本心からそう思った。






03.哲学するスカート

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