動揺が収まらない。けれど、こんな時に限って時間は早く進んでしまう。 バーナビーの家に着いたのは私の方が早かった。本当に今日良かったの?とメールで聞けば、あと三十分で家に着きますとのこと。それから、出来ればワイン合うものを作っておいて欲しいと文章が続いた。 彼からのメールは至って普段通りで、間違いなく、動揺しているのは私だけだ。なんだか悔しいから、うっかり塩と砂糖を間違えたことは黙っておこうと思う。 それでも、いざバーナビーが帰って来てしまえば、平静を装うのは不可能だった。 「びっくりした!あなた、ヒーローになったのね!」 持っていた料理をテーブルに置いて、思わず玄関に駆け寄る。 「心臓に悪いよ、直にわかるだなんて、そんなこと」 「解りましたから、一度落ち着いて」 バーナビーはそんな私を苦笑しつつ、テーブルに並んだ料理にお礼を言う。それから、今日はこの前のキッチンでは無く、夜景の見える大きな窓のある部屋に通された。…この家の広さも、ヒーローと言われると納得してしまう。 「今日まで一切口外しないように、と言われてたんです」 「別に、言うほど気にして無いのに」 「それでも誤解はした」 「ただびっくりしただけよ」 そんな会話の間にも、バーナビーはワインやグラス、料理に食器にと並べていく。手伝おうかと言えば、座っていてと返されてしまった。 「それで、どうして今日呼んでくれたの?」 あの約束を彼が覚えていたとしても、ヒーローなら打ち上げがあった筈だ。なのに、どうしてわざわざ。それが私の気持ちだった。 ワインが揺れる様子を見ながらそう尋ねれば、バーナビーはわざとらしく眉を寄せる。 「賑やかな場所からいきなり一人になるのは心臓に悪い」 「…うわ、絶対そんなこと思ってない」 はぐらかされて、同じように眉を寄せた。 気持ちを変えようと口を付けたワインはとても上品な味がする。この前からの私たちのいきさつとは正反対だ。 「ねえ、バーナビー、」 これどこ産のワイン?…そう聞こうとしたのに、私の言葉は彼によって遮られた。 「約束、したでしょう」 図々しくも、嬉しいと思ってしまった。 「…あの時のこと、覚えててくれたの?」 「いや、貴方に会って思い出した」 本当のところがどうなのかは彼しか知らない。けれど決して押し付けるような言い方はしなかった。そして、再会したタイミングが良かったと思わせてくれる。 もう無くなったと思っていた約束は、私がバーナビーにしたもの。学生時代に話してくれた通り、彼は今日、ヒーローになった。それは、誰もが注目するスーパールーキーの誕生。 「おめでとう、バーナビー」 あの時の彼を心配しなかった訳じゃない。だからって、祝福しないのは違うと思った。 「いずれ、僕が貴方にした約束も守ります」 「嬉しいけど、もう充分だよ」 窓の外では、きらきらと都心の夜景が揺れている。魚の居ないアクアリウムみたいだと思った。 それがとても綺麗で、私にはそれだけで満足だった。 「それだと僕の立場が無い」 きっぱりと言い切る彼は、きっと譲る気は無いんだろう。でも、その変わらない感じに懐かしさを覚えた。 「この街で一番美しいものを用意しておきますよ」 04.小指を追って出ておいで |