「拗ねてんのか、バニーちゃん」
「拗ねてません。そしてバニーでは無くバーナビーです」


くだらない事を言うオジサンの顔は、いつにも増してにやついている。その気持ち悪い顔から視線を移せば、他のヒーローと楽しそうに会話をするなまえの姿があった。


「でも、バーナビーとなまえが知り合いだったなんて、ねえ?」
「僕からしたら皆さんとなまえの方が驚きです」


最近よく会うから、と、勝手に彼女を解っていたつもりだったのか。改めて考えてみれば、彼女のことなんて知らないことばかりだった。
僕が知っていたことと言えば、年齢、姉妹の有無、料理や映画監督などの嗜好くらいだ。

夢についても知ってはいたけど、それが着実に実現に向かっているとは知らなかった。

出されたケーキは確かに美味しい。きっと、いつか、本当にシュテルンビルト一のパティスリーになるだろう。
彼女の夢に向かって進む速度と、僕の目標に向かう速度は違う。段々と湧いて来るのは、そのことに対する焦りや苛立ち。…だけど、それだけじゃない。


「忙しいだろうに、引き留めるなんて悪いことしちゃったかしら?」
「迷惑なら断ったんじゃねえか?そういうところははっきりしてる奴だろ、なまえは」


出会ってからの年月なら、イワン先輩を除けば僕の方が長い。それなのに、僕以外の人間の方が彼女を解っていることが不思議でならなかった。それから、彼女が彼らに向ける信頼しきった目も気に入らない。

形の見えない感情を捕らえるのは難しい。

夢や目標についても、彼女のことについても、他のヒーローを恨むのは違う。それは解っているのに納得することは出来なかった。


「…お前、さっきからなまえのこと睨みすぎ」
「別に睨んでなんか、」
「いーや、面白くねえってのが顔に出てるぜ、バニーちゃん」


面白くない。
言われてみれば、確かにそうなのかも知れない。だけど、僕からすればオジサンにそんなことを指摘されたことの方が面白くなかった。


「くだらないこと言わないで下さい。…僕はもう帰りますから、なまえによろしく言っておいてくれると有り難いです」


なまえの方はなにかの話題で盛り上がっているようで、そこに口を挟む気にはならなかった。連絡ならいつでも取れるのだから、いちいち気にするような事でも無い。…今日は少し、考え過ぎただけだ。


「では、僕はこれで」


そうして立ち上がって扉の前まで来たところで、後ろからよく通る声が僕を呼んだ。


「待って、バーナビー!」


振り返れば、他のヒーロー達に謝りつつ、慌てて荷物を纏め出すなまえの姿。


「私も一緒に帰るよ。ちゃんと、私にあった事を報告させて欲しいの」


言いながら小走りで僕の元まで来たなまえに、髪が乱れていますよと柔らかな髪を撫で付けて。ありがとうと言われれば、自分が案外単純だと言うことに気付く。


「…ごめんなさい、迷惑だった?」


彼女の後ろのヒーロー達に、すみませんね、と目線を送って。


「構いませんが、僕の助手席は高いですよ」


ようやく形になった感情を、認めてしまおうと思った。









「…ねえ、アンタの相方ってあんな人だったの?」


そうして二人が去ったトレーニングルーム。頬をひくつかせたカリーナが口を開けば、同じような顔をした鏑木は無言で首を振った。


「まるで犯罪者でも見るような目で俺達を見てきたな」
「…あの目、恐かったです」
「あら、可愛いじゃない。あんな見せ付けるようなこと、若い子しか出来ないわ」


居なくなった二人を思いながら、口ついて出た言葉たちはスーパールーキーに関すること。
各々反応に差は出たものの、彼はクールで冷静沈着なだけでは無いらしい、と言う見解だけは一致していた。


「けど、それだけじゃねえよな」
「どういう意味?」
「なまえのあの態度、まんざらでも無いって感じだっただろ?」


そうして、カリーナは確信する。あの時に言った「そう思わせてくれた人」とは、今さっき彼女に笑いかけた男のことを指していたのだと。






05.特別なまなざし

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