白石くんの部活がオフになった日曜日、たまにはデートらしいデートをしようと遊園地にやって来た。

夕方、最後はやっぱり観覧車だと彼と私の意見がぴったりあったのがさっきの話。
上がっていく目線に生まれる会話は、学校はどっちの方だとか、あっちに新しいショッピングセンターが出来たとか、何でもない話。なんだか、こうしてゆっくり話すのは久しぶりのような気がした。

そしてもうすぐ頂上と言うところで、目についた貼紙。


「やっぱジンクスってあるんだね」
「ジンクス?」
「ほら、これ。てっぺんでキスするとずっと一緒に居られます、だって。」


小さく書かれたハートマークをなぞりながら、こんなジンクスはどこにでもあるんだなあ、と変に感心してしまった。この前テレビでやってた遊園地でも同じことを言っていた気がする。

そんな気持ちを込めて言ったのに、向かい合って座る白石くんは唇をゆるくあげた。


「それ、したいって言ってみるやで」


おまけに唇に指なんて当てるから、白石くんが何を指してそう言ったのかはすぐ解った。…私はすごく恥ずかしいことを言ってしまった、らしい。なんと言えば良いかわからず、一気に沸点まで上がっていく頬の温度。そんな私を見て、白石くんがふはっと笑った。


「そんな照れんでええやん」
「それは白石くんが…!」
「まあ、俺はしたいで」


私をからかうからだよ、そう言おうとした口のまま思わず固まる。ぶつかった視線に耐え切れず、膝の上に乗せた手を握った。寝る前に薬指のつめに乗せたラインストーンが溶けてしまいそう。


「なあ、なまえは?」


そう聞かれて思わず視線を反らしてしまった。それは別に白石くんが嫌だからじゃない。ただ、恥ずかしさに負けてしまいそうで。長い間そうしていたように感じたけれど、実際は短い時間だったと思う。一つ頷いて、目を閉じる。

あかん、白石くんが小さく呟いたのが聞こえて、薄く目を開ければ睫毛の数を数えられそうな位置に顔があって慌てて目を閉じた。閉じた瞼の向こうで白石くんが笑って、私に影が落ちる。

髪を撫でるように添えられた手から少し遅れて、唇に柔らかい感触。啄むように触れたそこから、私の気持ちが全て伝われば良いのにと思った。ジンクスなんかに頼らなくても、ずっと一緒に居たい。
私の髪を一束掬って離れていく体温にゆっくり目を開ければ、私の後ろの窓に両手を付いた彼を見上げる形になった。


「いちご味やな」
「乾燥するんだもん」


いつもはメンソレータムの無香料だけど、今日のことを考えているうちに薬局で私が手を伸ばしたのはその二つ隣の赤いパッケージだった。緑から赤に、本当に、日常が色付いていくような気持ちを、白石くんも感じているだろうか。
もしそうなら、嬉し過ぎて観覧車から飛び降りても死なないと思う。


「ずっとこうしていたいね」
「もう一周すればもう一回なまえとキス出来るんやろ?」
「…白石くんの馬鹿」


関西人に馬鹿はあかん、なんて言いながら、白石くんは向かい合わせじゃなくて私の隣に座った。そうして狭くなったシートすら愛しい。
低くなり始めた目線から、二人並んで夕日に覆われていく街を見下ろす。今だけ、この景色を二人きりのものだと思うことを許して欲しい。


「なんか、二人きりやな」
「うそ、同じこと思ってた」


小さなガラスケースの中、更に小さいシートの中でどちらとも無く笑みが零れた。それは私たちしか知らない内緒話のようで心臓は高鳴りを止めない。
少しだけ息苦しい心地好さは、あと五分で地上についてしまう観覧車の淋しさによく似ていた。


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