授業中だと言うのに気持ち良さそうに寝ている隣の人。
彼の瞳は、この世で一番幸せな岬にあるお城から見下ろした海のような碧色をしている。

世界で一番贅沢な景色を詰め込んだ瞳を閉じる瞼の先、羨ましいくらい白い肌に影を落とす睫毛は長い。女の人より男の人の方が睫毛が長いらしいけど、この人は、仁王雅治はその中でも長い部類だろう。

よく寝るなあ、なんて思っていたら、仁王くんがもぞもぞと動いた。眩しそうに開かれた瞼におはようと言えば、おはようさんと返される。


「ずっと見とったな」
「うそ、起きてたの?」


視線がうるさかった、なんてよく解らない表現をしながら彼は今まで机に付けていた左頬を上げる。これで跡でも付いていれば愛嬌があるのに、上がる頭と一緒に髪が揺れただけだった。


「いま何時間目じゃ」
「三時間目、古典だよ。もうすぐ終わるけど」
「…起き間違えた」
「仁王くんは寝過ぎだよ」


私が見る限り、仁王くんは朝礼が終わってからずっと寝ていた。今日は五時間目まで教室移動が無いので、多分、四時間目まで寝てお昼休みから活動を始めるつもりだったんだろう。

朝練で早かった、なんて仁王くんは言うけれど、同じように朝練だった丸井くんは教科書に隠しながら元気にPSPをやっている。


「一つ聞いてもええか」
「なに?」
「起きるといつもなまえと目が合うん、俺の気のせいか」


その質問に、どくん、と心臓が跳ねた。それから一瞬だけ寒くなったと思ったら、今度は体中の血液がぐるぐると一気に体温を上げていく。
真っすぐ前から見た仁王くんの瞳は、色んなものを映しているようで何も映していないように見えた。きっと、海のように全て飲み込んでしまうんだ。


「どうなんじゃ、なまえ」
「それは、ほら、」
「怒っとる訳じゃ無いんじゃから、言ってみんしゃい」


有無を言わさない瞳の強さに、思わず目を逸らした。
そんな私の目に、教室に掛けられた時計が映る。あと三分もすればこの時間は終わる。かと言って、私が三分もごまかせるかと言ったら、私は首が壊れるんじゃ無いかと言うくらい首を振りたい。


「…笑わない?」
「努力するナリ」
「ふふ、なにそれ。」


なまえが笑っとるなんて言われて、あ、と気付く。笑わないで言ってすぐに私が笑ってどうするんだろう。

つられて笑った仁王くんの瞳の色を見て、この人の瞳はきっと海の底では無く水面なんだと思った。深い海の一番上。何事もありのままに受け入れる器用さがあるから、詐欺師と謳われるような凄いことが出来る。


「仁王くんの目って、海みたいだから」


口に出してしまえば薄っぺらい考えだなあ、と、伝えることよりも私の気持ち自体になんだか恥ずかしくなった。それでも、一度言い出したからには誤解無く伝われば良いと、心の中で何度も言った言葉を本当の言葉にする。


「起きている間は見てたいなって思ったり、思わなかったり」


そんな感じです、と古典の教科書に視線を戻す。教科書の中では遠い昔の有名な武将が命を賭けて闘っているけど、私は今、この席でのこれからを賭けている。気持ち悪いと思われただろうか、やっぱり、引かれてしまっただろうか。

中々言葉を返してくれない仁王くんに私の気まずさが限界を達した時、古典の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「なまえ、提案なんじゃが」


古典の先生が出ていって、周りが騒がしくなり始める中、仁王くんが口を開いた。次の時間の準備をする手を止めて、一つ覚悟を決めるように息を吐いてから仁王くんを振り返る。さっきとは色の違う、飲み込まれてしまいそうな瞳が私を捕らえていた。


「次の時間、教室で過ごすのと屋上で過ごすの、どっちがええ?」
「なに、それ」
「言葉通りじゃ」


そう言ってにやりと上がる口角は、さっきの武将より有名な猫みたいだと思った。
休み時間が終わるまであと五分、さて、取り出しかけた数学の教科書をどうしようか。


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