なんで神様の誕生日をお祝いするのか、なんて、そりゃあ飲んで食べて馬鹿騒ぎしたいだけでしょうと周りを見て思った。 全然ロマンチックじゃないとくちびるを尖らせたナースに、海賊っつーのは皆ロマンチストだぜとサッチが笑った。へえ、と、馬鹿にした声が私とエースから漏れるから可笑しい。 「今お前ら馬鹿にしただろ」 「いーや、全然。なあなまえ?」 「大切な兄さんを馬鹿にするわけ無いじゃない。ね、エース」 にやにやが堪え切れない私達に、苦い顔をするサッチ。この馬鹿三人を誰か引き取ってよとナースが言うから、また可笑しい。 「酷いよ、二人はともかく私まで――くしゅんっ」 折角盛り上がろうとしたのに、それは私のくしゃみで一時中断。ひとの身体に誰より敏感で、目尻をきっと上げたナースは、マルコより恐いからだ。 「なまえ。私、そんな薄着してると風邪をひくわっていつも言ってるよね?」 「…上着、取りに行ってきます」 立ち上がれば、俺も行く、と、エースが一緒に来てくれた。広い船の中、甲板から少し離れた自分の部屋を恨むこともあるけれど、二人で歩けばそれも短く感じる。 壁に掛けていたコートを羽織り甲板に戻ろうとした時、がたんと備品庫の方から音がした。 「…今の音、なに?」 「見に行ってみるか」 まさか侵入者なんてことは無いと思うけれど、なにがあるかわからない。もしかしたら備品を取りに来たクルーがなにかの下敷きになっている可能性だってある。 エースは言うより前に備品庫に足を向けていたし、私も言われるより前に同じ方を向いていた。 足音も気配も消して備品庫の扉の前まで向かう。私の部屋から目と鼻の先のそこに着けば、ほんの数秒の目配せの後、エースが勢いよく扉を開けた。 「…って、誰も居ねえぞ」 能力によって点けられた炎で部屋を照らして貰っても、そこには人の気配も影もない。 「これが倒れたみたいね」 「なんだそれ?…絨毯?」 厚い布地がぐるぐると巻かれて円柱状になったものをエースが立たせる。臙脂色に金色の刺繍、端には同じ色のタッセルがついたそれは、なんとも高そうな絨毯だった。 戻しとくか、エースは言いながら軽々とそれを持ち上げる。重そうだから手伝おうかと思ったけど、その必要はないらしい。 しかしその時、絨毯を縛っていたロープがするりと解けた。 「やべ、」 「あーあ、なにしてん…うわ!」 今度こそ手伝おうと足を踏み出して、さっき取れたロープに足を取られる。気付いた時には身体が傾いていた。もう上体を戻すことは無理、とっさに身体を板張りの床から絨毯の方へ向けて目を閉じる。――――とん、と、柔らかい衝撃。痛みはどこにも無い。 しかし目を開ければ、エースこれでもかと目を見開いていた。真ん丸に開かれたまぶたから瞳が落ちてしまいそうだ。どうしたの、出かけた言葉はエースによって遮られる。 「浮いてる、」 「…エース?」 「絨毯!絨毯が浮いてる!」 言われて周りを見回す。私の身体を受け止めた絨毯は、エースの腰くらいの高さにあった。 ――驚き過ぎて、言葉も出ない。 体を起こして改めて見れば、タッセルの影が木目の上で揺れるのが目に入った。 よくよく考えれば、どう考えても可笑しいのだ。体勢が倒れてから絨毯に身体が着くまで、余りにも早過ぎる。だけど信じられなくて頬を抓ってみればもちろん痛い。なに、なんなのこれ!? 「エース!これなに!?」 「空飛ぶ、絨毯…?」 ふわふわと重量なんて無いように浮く絨毯は、子供の頃に読んだ絵本のそれにそっくりだ。 空飛ぶ絨毯、呟きながら長い毛足を撫でる。不思議なことの多い海だ、それこそ空飛ぶ絨毯を作る工場だってあるのかも知れない。―――でも、もう少し高く飛べないのかな。そう思った時だった。 「う、わ、」 さっきまで見上げる位置にあったエースの顔が下にある。天井に頭が着きそうになって思わず身を屈めた。 「なにしてんだよ、お前!」 「わかんない!もう少し高く飛べないかなって思ったら本当に飛んじゃった!」 さっきの高さまで戻ってね、と、絨毯を撫でれば段々と下がる視界。さっきも思ったけど、この絨毯すごいふかふかだ、って、そうじゃなくて、どうやらこれは自分の意志に合わせて自由に動いてくれるらしい。 「これ、すごい便利かも」 「ふは、でもなんで備品庫なんかにあるんだろうな。…それよりなまえ、さっきから思ってたんだけどよ」 ようやく同じ目線まで下がって来ると、エースがにやりと笑う。さっきから感じる胸の高鳴りを彼も感じていたのだ。子供みたいにきらきらと輝く目も表情、きっと私も同じような顔をしている。 こんな素敵なものが目の前にあって、手を出さないなんて無理。だって私たちは、海賊なんだから。 「空飛んでみようぜ!」 言うが早いかエースは絨毯に飛び乗った。二人が横に並んで調度良い大きさだ。浮かんだままの絨毯は、大きく揺れることも無くその身体を受け止める。 「まじで浮いてる…」 「本当にね。さ、飛ぶよ!」 上がれ、とわざわざ心で思わなくても絨毯は高度を上げてくれる。それは人が歩く時、自然に右足と左足が交互に前へ出ることや、意識しなくても呼吸が続くのと同じ感覚。まるで身体の一部みたいだ。 備品庫を出て、エースが後ろ手に扉をしめる。 「そういえばさ、これ、怒られないかな?」 「…一緒に怒られようぜ」 お互いに苦い顔を浮かべ、でも止める気なんてさらさらない。 ぽんぽんと絨毯を撫でれば高度は一気に上がる。勢いが良すぎて落ちそうになって、思わずエースに掴まった。星が近い。 「拾えねえから落ちるなよ」 「それよりエースが暖かくて離れたくないんですけど」 メインマストのてっぺんを見下ろしながら、目があって笑った。好きなだけ掴まってろ、なんて、今日はいつになく優しいんだからなんだかくすぐったい。 なにか飛んでる、と、甲板に出ていたうちの一人が私たちに指を差した。その言葉を受けて立ち上がり、視線を向けて来る愛しい家族たち。どこだ、エースとなまえじゃねえか、なんであんなところに、そんな言葉が聞こえると、エースは羨ましいだろ!と叫ぶような大声でそれに返す。 「エース!なまえ!なにしてんだよお前ら!」 「見たらわかるだろ、空飛んでるんだぜ!」 旋回するように甲板の上を回った。俺は酔ってんのか、酔ってるが幻覚じゃねえから安心しろ、と、さらに家族たちは好き勝手に言い始める。きっと甲板はお酒臭いんだろうなあ。 「だからサッチ、俺らちょっと散歩してくる!」 「はあ!?お前らマルコに怒られるぞ!」 「多分大丈夫!今日はクリスマスだから!」 連られて私も叫ぶ。甲板まで距離があるから仕方ない。言い訳にならない言い訳も、理由にならない理由も、みんな面白い。空を飛ぶサンタクロースも聞いてるかな、なんて馬鹿みたいなことだって考えてしまう。 それじゃあ行こうか、と、これはエースに言ったこと。おうと短く返事を貰ったので、速度を下げて、緩やかに船を離れていく。船の後ろから全体が見えるようになったのはすぐの事。さすがに船が見えないところまで行く訳にはいかないので、小さく視界に写したまま空を駆ける。 「人生で空を飛ぶことがあるなんて思いもしなかったよ」 「ありきたりだな」 「だって現実味ないじゃない」 風に乗って高さを上げていけば、高度の上昇とともに空が明るくなる。星たちは夜空に溶け込まず、けれど柔らかな光はよく似合う。群青を塗りたくったような天井、ミルク色の星が集まって季節外れの天の川が流れる。一等星まで見えそうだ。 「本当、夢みたい」 「頬つねってやろうか」 「やだよ、エースの痛いんだもん」 遠くに聞こえる船の喧騒や、音楽好きな人たちが始めた演奏が、さらに空で二人きりという部分を切り取る。柔らかな風が頬を、肩を、私たちを撫でる。―――ふと、エースに肩を引かれる。体勢を崩すことも無く、腕の中へと招かれた。どうしたの、と、見上げれば彼は少し迷ったあと目を逸らす。 「寒い」 「…素直じゃないなあ」 炎人間がよく言うよ、とは思ったけれど口には出さなかった。ばつが悪そうにくちびるを尖らす彼が愛しい。 「なまえ、ちょっと見てろ」 エースは片腕で私の肩を抱いたまま、もう片方の腕を斜め上に伸ばす。髪が揺れて、揺れたそれから風が遊ぶ。風は変わらず頬を撫でるのに、凪の海みたいにしんとした空気。何が始まるんだろうと私は彼の顔を見上げれば、伸ばした腕の先を見ろと目で返された。 星しかない空を見上げる。 ――ぱち、と、一瞬の閃光。 遅れて橙の火の粉が二重三重と円を描き、複雑な幾何学模様を写して空に舞う。星のまばゆさも霞んでしまいそうな強く優しい光、冬の花火。耳をくすぐるのはぱちぱちじりじりとした小さな音と、二人の心音だけだ。 きらきらと橙が海へ降っていく様子は、星が空から落ちていくみたい。とても、綺麗だ。 「…本当にエースは、美味しいとこ持ってくよね」 「そこが良いんだろ?」 「馬鹿、そこも良いの」 目を見て笑えば、肩を抱く腕に力がこもる。この時間は今日出されたケーキとどっちが甘いだろうと考えて、心地好いくすぐったさを感じた。こんなに素敵なクリスマスを過ごしている人が私以外にいるのだろうかと思うけれど、謙虚に振る舞うどころか自慢して回りたい気持ち。だけど、今日くらいは猫の喧嘩すら無ければ良い。 月は欠けること無く、トナカイがそりを引いて駆けて行きそう―――ああ、そうだ。船に戻ったらさっきはごめんねとサッチに謝ろう。貴方の言った通り、海賊はみんなロマンチストなのだから。 holy night |