おはようの声すら凍ってしまいそうなあの朝、一番さもしいのは私だった。


夢を見た。
いつか仕事から帰ってきたバーナビーが、おもむろに鞄から写真立てを取り出した日の夢を。


「どうしたの、写真立てなんて」


無駄なものは嫌いなんだと思っていた。部屋は殺風景だし、彼の写真なんて小さい頃の―――彼のご両親が生きていた頃の写真しか見たことが無かった。それが一体、どういう風の吹きまわしか。


「スカイハイから戴いたんです。」


風使いだけに?なんて、つまらないことを考える。駄目ね、これはバーナビーに言ったらきっと馬鹿にされる。
そのバーナビーは、少し恥ずかしそうにキングオブヒーローから貰った写真立てに私と映った写真を入れる。シンプルながら品の良いシルバーのフレームに、なんとなく渡した人と渡された人の人間性が見えた。

少しの乱れもなく写真を入れると、バーナビーは満足げにつるりとしたフレームを撫でる。その仕草にちくりと刺されたのはなにか、痛んだのはなにか。…振り払うように口を開く。


「どうしてキングオブヒーローが?」
「ほら、前に写真の話をしたでしょう」
「…もしかして、バーナビーが口を滑らしちゃった話?」
「言い方に刺を感じますが、そうなりますね」
「ごめんね、冗談よ」


前に話の流れから、バーナビーはヒーロー達に私との関係を言ってしまった事があったらしい。
その場に“そういう話”が食後のデザートと同じくらい大好きな女の子が居たこと、また、普段のバーナビーの言動もあってその話は火がついたように盛り上がりを見せたそう。

そこでスカイハイが言ったのが、確か…。


「“愛する人の写真一枚飾らないなんて悲しい、とても悲しい”」


なにがどうして写真の話になったかは知らないけど、キングオブヒーローがテレビと変わらず普段から爽やかで情熱的ということは理解した。


「…似てませんね」
「残念、スカイハイの真似をしたバーナビーの真似でした」


言い返せば、呆気に取られた顔から優しい笑いに変わった。敵いませんね、というバーナビーにお互い様よと思うけど、それは敢えて言わずにご飯にしようかと声をかける。


そこで、夢は終わった。


時計を見ればもうすぐ5時になるところ。起きる予定だった時刻だ。今日くらい寝坊できれば良かったのに、小さい頃から正確だった体内時計は今日もずれること無く、もう引き返えせない。

隣ではバーナビーがまだ眠っている。昨日は出動だったから疲れも相当なものだろう。薄い瞼はぴったりと閉じられたまま、再び開くことは無いんじゃないかと思ってしまうほど静かな時間。夜と明け方の境目の、なんとも言えない空の色が窓から見える。
彼を起こさないようにベッドから出れば、離れた体温とお互いのタイミングで鳴る心音が耳につく。


「…ん、」


そうしてなるべく気配を消して寝室を出ようとした時、眠たげな声が聞こえた。


「……起きたの?バーナビー」


声を潜めて聞いてみても、返事は無い。きっと夢を見ているのね、私もさっきまで貴方の夢を見ていたわ。―――ううん、きっと今も夢の続き。

ヒーローアカデミーから続く友人関係。そして、彼がヒーローになってから始まった恋人の時間。
だけどそれよりずっと前、あの人は私にバーナビーを監視しろと言った。


「まだ眠っていてね」


願うように言った言葉は、声になるかならないかの大きさ。
そうして、今度こそ私は寝室を後にする。香水を吹きかけ、コートを着て、ふと思いついてあの日の写真立てを鞄にしまった。

最後の星が輝きを無くした頃、私と向かい合うのはどのヒーローだろう。
貴方以外の誰かだと良い、貴方は痛いほど優しい人だから。そういうところが好きだった。眩しすぎる星にうっすらと色をつけるやわらかな影、私だけの貴方。

割り切った付き合いをしてきたはずが、いつか見たスパイ映画のヒロインはいつの間にか私になっていた。
よくある話でしょう。
そんな事がまさか自分の身に起こるなんて考える人は居ないと思うけど。


白々しいほどあっさりと、本当に辺りを白く染めながら日が上っていく。


外に出れば冬の始まりの空気が頬を撫でつけ、肌寒くて寂しくてちょっとだけ泣きたくなった。
起きた彼は、残り香と無くなった写真立てに私を探すでしょうか。わがままにも探してくれたら良いなと思いながら、交差点を左へ進む。


「恋をしていたわ、私」


もう戻ることの無い道を振り返り、小さく手を振った。









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silencio様に提出
ありがとうございました。


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